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マトリのセトリ

作者: 初月・龍尖


俺は今、家の前にひとりの除霊士と並んで立っている。赤い袴に黒いスタンドカラーシャツ、腰の左右には小さなスピーカー、背中に背負うのは真っ赤なエレキギター。いや、除霊でエレキギターってなんだよ。


はじまりは幽霊屋敷を買ってしまったと分かってしまったことだ。内見したときは気が付かなかったし後で聞いてみれば有名な殺人現場だったりしたみたいだった。俺は深夜まで起きていることが多い、というか夜型なので気がついたのは購入してかなりあとになってのことだった。

起きてみると物の位置が変わっていたり、風呂場が使われていたり、トイレが使われていたり、上げればきりがないが俺はそれに長いことそれに気が付かなかった。まれに日中に起きていることがあっても大体は外に出ているので帰宅しても寝るだけ。なぜそんな俺が一軒家を買ったのは置いておいて、ある日帰宅しようかと歩いていると俺の家に明かりがついていた。

泥棒かと思ってそっと家に近寄り窓から覗くと中では家族4人が団らんしていた。ちろちろとなにか小さいものが動くのも見えた。あぁ、今日は日曜だしなぁ、などと思って家から遠ざかろうとして俺は頭を振った。ここ、俺の家だよな。

慌てて鍵を開け中に入ってみると明かりは消えており誰もいなかった。

俺は興奮した。幽霊!おばけ!はじめて見た!!でも俺の家なんだよなぁ、ってすっと頭が冴えたけど。

という訳で家の中でカメラを回して新聞記事を読んで周囲で聞き込みをして判ったのはこの家は殺人現場だった。で、犯人は捕まっている。死体は見つかっていない。

つまり、ここの家人はまだ生きていると思って生活しているようだった。俺はめんどいタイプのおばけだなあ、と勝手に思った。

俺としては住み分けができるならいてもらっても構わなかったのだが友人にその事を話したらトントン拍子で霊能者が手配された。

で、やってきたのが最初に言ったエレキギターを背負った女性だった。

彼女は家を見て、3……いえ、4人ですか。あとは猫。と言った。

確かに中を覗いたときにいたのは4人、小さな影が猫ってことか。

霊視ってやつですか?と問えば、わたしはあなたと同じで視えない方の人間です。という返答。

へー、そんな人でも除霊ってできるんだなあ、なんて考えていると。ただし、耳で判断できるんです。霊聴ってやつです。と追加のお答え。へー、耳で!そんなこともあるのか!

「それでは除霊をはじめましょうか」

そう言って彼女は背のエレキギターに手を伸ばしたので俺はそれに待ったをかけた。

「いや、俺が祓ってほしくて呼んだんじゃないんですよねえ。実は。友人が勝手にやっただけなんですよ。まあ霊聴なんて丁度いい能力の人なんてそうもいないだろうし俺のお願いを聞いてくれません?」

その言葉を聞いて彼女はぴしりと動きを止めた。

「え……?」

「俺としては住み分けができればいいんですよ。幸い俺は夜型だし、彼らは昼間に暮らすわけですよね?だからそのあたりを話せたらなーって」

「……、ふ、ふふふふ。あー!もう!!彼らが悪霊だったらあなた死んでいたんですよ!しかも、現在進行系で家に生気を吸い取られているし!!」

「もう俺の家なんですけど家賃払っていたんですね、俺」

俺がそう言うと彼女は頭を抱えた。

「あー、この人ネジ抜けてる。だめだ。わたしの話術じゃ除霊にもっていけそうにないわあ……」

いや、ネジ抜けてるって。よく言われるけどさ。直に言う人は、うん、はじめてじゃないな。そんなことを思いつつ俺はその耳で人間の心理がわかったりするのでは?とか言ってみた。

「そんなチートあったら欲しいです。ほんとクソな世界」

霊専門の聴覚かあ、面倒なんだなああちらさんも。

「まぁ、世界のことはいいとして、彼らと交渉してくれません?」

「本当に共存する気ですか?」

ジト目で見てくる彼女はその見た目に反して可愛かった。

「あぁ、俺の家だし、俺が決めることだ」

「わかり、ました。一応エレキは構えます。襲ってきたら即除霊ですよ?」

そう言って彼女はエレキギターを前に持ってきてピックをつまんだ。

「それでいいよ」

俺がそう言うと彼女は躊躇なく家に入った。

室内は暗く明かりを付けようかと手を伸ばせば彼女はそれを振り向きもせずやめてと止めた。

エレキギターのかすかな音が部屋に満ちる。するとぱちぱちと音がして明かりがついた。そして、4人の影が浮かび上がった。

旦那さんが頭を下げて何かを言った。

続いて奥さんも頭を下げた。

「ふー、へー?」

それに合わせて彼女は相槌を打った。そして、笑った。笑いながら俺に色々説明してくれた。

もう死んでいると解っていること。

俺の生気でかろうじて生きているだけだったこと。

もうそろそろ潮時だと思っていたこと。

他にも色々あったが総合的に言えば除霊士なんて頼まなくともそのうち怪現象はやんでいたということだった。つまりあれだ。俺が気が付かないうちにただの家になっていましたという世界線もあり得たわけだ。

まぁ、気がついてしまったのはしょうがないので色々腰を据えて話してみた。彼女を通訳にして。

娘さんふたりはおれの事に興味津々で止めるのに苦労しただの、結婚はしないのかだの、お料理は上手いのになんで彼女ができないのですかねだの。つーか、俺のこと観察しすぎでは?俺はあなたたちの家族ではないですが?

通訳しながら彼女は笑いっぱなしだった。別れるときに一生分は笑ったとものすごい笑顔だったのが印象的だった。

俺と話して満足したのか彼らは彼女に成仏を頼んだ。ふっきれたのだろう。俺にもそういうことの覚えがある。

「こほん」

ひとつ咳して彼女はエレキギターをかき鳴らす。音楽ではない。リズムだけを取った爆音。

部屋の中で聞いているからだろうか。音が反響しそして、消える。

爆音が高鳴るごとに彼らの姿が薄くなってゆく。

そして、声が聞こえる。

ありがとう、さようなら、と。

なんて言ったっけ、雑音があったほうがよく声が通る現象。

そんな余計な事を考えている間に彼らは消えた。

最後には猫の鳴き声が聞こえた気がした。


支払いをしているときに確認してみれば彼女は動物霊を除霊するのが少し苦手らしく最後まで猫の霊が残ってしまったとのことだった。

彼らが去った家はなんだかガランとした空洞のようだった。

これで良かったのだろうか、と俺はときどき自問する。

彼らは静かに生きて静かに消えて行きたかったのだろうか。

それとも俺と、生者と話ができて満足したのだろうか。

答えはもう分からない。

ただ、その自問をすると本当に俺の家が俺の物になったのか?本当に?なんてよくわからない気持ちが浮かんでそこで考えが止まる。

だって、そこまで考えると猫の鳴き声がするんだから。


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