第6話 魔法士の弟子は痴態を演じる
「ったく、気をつけて歩かないとダメだろ」
ネネカを宙吊りにしていた蔦を火魔法で焼き切ってやってから注意をすると、ネネカは真っ赤な顔でわたわたと手を振りながら抗議をしてきた。
「で、でもまさか蔦が動くなんて思わないですよっ! それにし、師匠もなんですぐに降ろしてくれないんですかっ!?」
「え、そりゃあまぁあれだよ……。あ、今後は注意しろよってことを分からせる為にだな——」
「それ今思いつきましたよね!? もう、師匠のエッチっ!!」
ネネカは真っ赤な顔のまま頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
いいじゃないか、パンツなんて見たって減るものでもないんだし……なんていったらあの頬が破裂してしまうかもしれないからやめておこう。
「それにしてもコレはなんだ?」
俺の目の前では木に巻き付いた蔦がウニョウニョとうごめいている。
こんな植物は他の場所では見たことがない。
というか植物なのだろうか?いや、もしかすると……。
「これは魔物……なのか?」
「あっ、絶対そうです! エッチな魔物なんですーっ!!」
ネネカが涙目になって喚きながら蔦の駆除を訴えている。
まぁ火魔法で焼き払ってしまえば駆除するのは簡単だろうが……。
「こんな見たこともない生物がいるなんて、ここが魔物の楽園なんじゃないかという話も真実味を帯びてきたな」
「そうですね……あっ、また私ばかりを狙ってきてますっ! やだっ、くすぐったいっ! やっぱり魔物です、エッチな魔物です!」
ネネカはそういっているが、実際のところネネカばかりを狙っているわけでもないのだろう。だって……。
「……そもそも俺はベクトル魔法で近づけないようにしてるからな」
「ずるいです師匠ぉぉっ、それ私にも! 私にもお願いしますーっ!」
俺は常に体の表面に魔法をかけ、外側へベクトルを向けている。
ラッセルとのし・あ・いであいつの剣が当たらなかったのもこのためだ。
「ちょっ、やめっ……早くっ、あっ……師匠っ! バカ師匠ぉぉっ!」
涙目になったネネカが懇願してくるので魔法をかけてやると、蔦はネネカから弾けるようにして離れた。
それでもしばらくはウネりながら様子を伺っていたが、やがて蔦はネネカを撫でるのを諦めたようだった。
「はぁ……最悪でしたぁ……」
「ここがマグ・メルだったとするとあんな魔物がたくさんいるってことなのか? うーん、さて……どうしようかな」
「断固駆除ですっ!」
ネネカがふんすと鼻息を荒くしている。
「でも住民って意味では向こうが先にいて、俺たちは入植者なんだよなぁ」
「うぅっ。それは……そうですけど」
「あいつらの楽園とまでいわれている島なんだよなぁ」
「でもっ、でもっ!」
「まぁのんびり安全安心なスローライフを送るにはそうするしかないか!」
「ですっ、ですっ!」
俺がそう心に決め、ネネカがぶんぶんと頭を振って肯定を示したとき、不意に周りを囲む気配を感じた。
直前まで何も感じなかったが……まさか気配を消していた?
「囲まれているな……」
「え、何にですか? もしかして魔物っ!?」
光魔法以外があまり得意ではなく、攻撃手段に乏しいネネカは緊張からか体を硬くした。
そんなに構えなくてもお前のことは絶対に守るんだけどな。
愛弟子を守るのは師匠として当然のことだ。
「おい、もう分かってるんだ。出てこいよ」
取り囲んでいる魔物に俺はそう呼びかけた。
言葉はわからなくてもこういうのはなんとなく伝わるもんだからな。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
息を呑んで構えていたら、思いがけないことが起こる。
「————お前タちは何者ダっ!?」
ん?
「お前タちは何者ダ、と聞いていル!」
どうやら耳がおかしくなったわけではないらしい。
魔物の楽園といわれているはずの島で何故人の声がする?
もしかするとここはマグ・メルではなかったのか。
そう考えながら、俺は声のする方へと視線を向けた。
「…………あ」
そこにいたのはやや青みがかった肌をしている女性だった。
大胆に露出している肌に目をやると、微かに鱗がついているようにもみえる。
よく見ると、まわりを囲んでいる人たちも見た目は違えどもどうやら全員女性のようだ。
これは一体……?
「あー、ええっと俺たちは怪しいものじゃない。とある国から追放されて、船でこの島にやってきたんだ」
「それが怪しいのダ! この島の周り、海流があル。船ではそう簡単に辿りつけなイ!」
「そんなこといわれても本当に俺たちは船で……あっ」
そこまでいって、俺は思い出した。
そういえばあの時ネネカの船酔いが酷いからって船を浮かばせて、ずっとそのままにしてたな。
だから海流の影響なくたどり着けたのか?
「ほら見ろ。嘘はすぐにバレるのダ! 魔王様もいっているゾ。正直が一番だ、とナ!」
な、なんてまともな魔王様なんだ。
絵本なんかだと大抵悪い奴で勇者とかいうのにやられる役回りだってのに。
まったく、あの国の奴らにも見習って欲しいもんだ。
「ってかあの野郎、知ってて行かせたな!? 俺たちがこの島に着けばよし、着かなくても座礁すればそれでよしか」
「そんな……酷いですぅ」
ネネカが悲しそうな顔で俺の腰あたりにしがみついてくる。
「またそうやって不埒なことヲ!」
青肌の女性が手に持つ槍の矛先をこちらへ向けてきた。
同時に周囲を囲む者たちもそれに倣う。
「ん……また?」
「とぼけるナ! さっきもそこでパ……パン……パンツをっ、女のパンツを丸出しにさせて何かしていたではないカ!」
「っ!?」
ネネカは自分の痴態が見られていたと尻……じゃなくて知り、顔を赤くした。
それにしてもそんな前から見られていたとは。
こいつら只者じゃないな。
俺が少し警戒度を上げると、目の前の女性はまるで宣言でもするかのように大きな声を上げた。
「ここは遺された魔族が住む島、マグ・メル。余所者は受け入れなイ! 出て行ケ!」
そういうと女性は手に握った槍を俺の目の前で振った。
そんなことより今気になったワードがあったぞ?
「すまん、もう一度聞いてもいいか? ここは何の島だって?」
「何度もいってやる。ここは魔族の楽園マグ・メル! 我らの島ダ!」
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