第4話 魔法士は船に揺られる
俺とネネカを乗せた馬車は一週間ほどの移動を経て、目的地へと辿り着いた。
正直、ここまでくる道中で逃げ出そうと思えばいくらでもできた。
でもそれをしてしまえば、俺たちはお尋ね者になってしまうかもしれない。
俺はともかく、ネネカがそうなってしまうことだけは防ぎたかった。
だから俺はせめてネネカが一人前の魔法士になるまでは相手の思惑に乗っておこう、そう決めていたんだ。
ちなみに、移動中に聞いたところやはりネネカに追放のことを知らせたのは副長だったらしい。
それどころか、ついて行くように仄かしてすらきたのだとか。
汚いやり口だが……確かに俺には効果的だった、と現状をみてもそういえた。
「師匠っ! あれは何でしょうか!?」
先に馬車から降りたネネカは何かを発見したようで、わずかに声を弾ませている。
続いて降りた俺が目にしたのは……一面の青だった。
「ああ、あれは海だ。そういえば海を見るのは初めてだったな」
「はいっ! 話では聞いたことがありましたけど……これが海なんですね。凄いですっ!」
ネネカは初めてみる見渡す限りの海、そして水平線に目を奪われている。
「あそこで海が途切れているように見えるが、実はあの先もずっと海が続いているんだぞ」
「へぇ、そうなんですね!」
「ああ。実はこの世界が球体になっているからそう見えるんだが……まぁ空でも飛んでみないとこの考え方はわからないか」
「師匠っ! 私も師匠のあの魔法でびゅーんと飛んでみたいですっ!」
「うーん、あれは他人に使うには調節が難しいから少し練習してからだな。それよりも——」
俺が視線を動かした先には、停泊した船があった。
その上から上半身裸のまさに海の男ともいえるようなやつがしきりに手招きをしている。
「とりあえずあそこで手招きしているやつの腕が取れる前に行ってやるとするか」
馬車の次は船か……一体どこまで連れていかれるのやら。
船は帆のない小さなものだった。
風を受けるための帆がないということは、魔法の力を使って動かす魔道具が取り付けられているんだろう。
船員に促されるまま乗り込むと、船はすぐに離岸をはじめた。
「うわぁ……凄いですっ! 風が気持ちいいっ!」
「俺も船に乗るのは初めてだが、なかなかいいものだな。よし、どのように魔道具が動いているのか見てくるか」
「うまく再現できるといいですねっ!」
唐突に告白すると、俺は魔道具作りが趣味だ。
睡眠時間を大幅に削り、深夜まで制作に没頭することすらしばしばあるほど。
名前を隠して魔道具コンテストに出品したこともある筋金入りだ。
魔道具制作には色々な技があるが、俺はその中でも魔道具を観察しただけで《再現》するという技能に自信がある。
ちなみに俺が持っているたくさんの物が収納できるバッグも自分で作った魔道具だ。
これは作るそばから売れて行くベストセラー商品で、国から貰っていた給金よりもこちらの権利で得る収益の方が断然多い。
それも追放を受け入れた理由の一つだな。
さて、この船の魔道具はどんな作りになってるのか早速見させてもらおう。
「ほう、そこに魔力を留めることで回転数を一定にしているのか……これを作ったやつはなかなかの腕だな」
魔道具が羽根を回転させて水を押している様子を見続けて結構な時間が経った頃、ネネカがフラフラとした足取りで近づいてきた。
「し、師匠ぉぉぉぇっ……気持ち悪いですぅぅぅぇっ……これなにぃぃ?」
「あぁ、それは船酔いってヤツだな」
どうやらネネカは船の揺れにあてられたようで、語尾がかなり危険な水域に達している。
周りに広がっている海よりも青いんじゃないかというその顔は、今にも何かを撒き散らしそうだ。
「た、確か酔いには回復魔法をかけると多少効果があるらしいぞ」
焦りながらそう教えてやると、ネネカは急いで自分へと回復魔法を唱えた。
そうしてしばらくは黙って回復を続けていたネネカだったが、不意に魔法を止めると船から海に顔を突き出した。
「くぁwせdrftgyふじこlpふじこ」
とてもじゃないが表現できないような光景が目の前に広がる。
本人の名誉のために、俺は何もいわず空を見上げた。
「青いな……」
しばらく流れていく雲を眺めていると、いつの間にかゲッソリとした姿になってしまったネネカが戻ってきた。
「ちょっとだけ楽になりましたぁ。けど……うぅっ、やっぱりダメかもぉぉぇっ」
そんな危険なことをいいながら、幽鬼のような足取りでこちらに向かってくる愛弟子に俺は優しく優しく声をかける。
「おい、止まれっ! お前はそこから一歩もこっちにくるんじゃないっ!」
「ひ、酷いですぅ……あんまりですぅ……」
「……はぁ。とりあえず水でも飲んでおけ」
俺はバッグから水筒を取り出すと、ネネカに投げ渡した。
さて、キラキラしたものを再び吐き出されても困るし対策でもとるか。
「どうだ?」
「あれ、揺れなくなった!?」
「要するに揺れなけりゃそこまでは酔わないだろうからな」
俺はまず船底から空に向けて矢印を伸ばし、船を水面から僅かに浮かせる。
それから推進力を生んでいた魔道具の代わりに、ベクトル魔法で推進力を発生させたのだ。
いわば空飛ぶ船とでもいった感じだな。
船が浮いたことで劇的に揺れがなくなり、ネネカだけではなく船員たちも驚いている。
船員たちは何か言いたそうにこちらを見ているが、魔道具の推進方向とベクトルの方向を自動リンクさせてあるので、舵も変わらずきくから問題はないだろう。
こうして少しだけ顔色を良くしたネネカと俺を乗せて、船は順調に進んでいく。
「ところで師匠、この船ってどこに向かっているんでしょう?」
「さぁな……ただロクでもない場所に違いない」
「ロクでもない場所、ですか……」
ネネカは不安そうにそう溢した。
ロクでもない、の響きに昔のことを思い出しているのかもしれないな。
まぁ俺がいるんだから、ネネカには二度とあんな思いはさせないけどな。
「あ、そういやこの方向にはあの島があるはずだが……まさかな」
そんな含みを持たせた俺の言葉にネネカが首をかしげる。
「あの島っていうと?」
「ネネカはマグ・メルという名前を聞いたことはあるか?」
「えっと、世界のどこかにある《魔物たちの楽園》……でしたっけ?」
「よく知っていたじゃないか」
「えっへんですっ! もしかして船はそこへ向かっていると?」
俺はそんなネネカの言葉に返事をする事なく、船の行先をただじっと見つめていた。
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