第2話 魔法士はし・あ・いをする
「遅いぞ、ユーリィ!」
「すまんすまん、荷物を全部収納し終わる頃にはすっかり約束を忘れていてな」
もう城を出るところだったと付け加えると、ラッセルは喜色満面な様子を見せた。
「それなのにわざわざ戻ってきてくれるとはな! お前の性格だと『まぁいいか』とそのまま行ってしまいそうなものだが……」
「ふむ、さすがによく分析出来ているな。もちろんそのつもりだったが、うちの秘書が『騎士団長がお待ちです!』とうるさくてな」
「師匠! 私は秘書じゃなくて弟子でしっ!」
肝心なところで噛んだネネカは放っておいて、俺は練兵場の中程まで進んだ。
壁際には騎士団の連中が並んでいる。
どうやら自分のところの団長の戦いに興味津々らしいな。
「さて、じゃあやるか。俺はこの国を出るんだから泣いても咽び泣いてもこれが最後だ」
「俺には泣く未来しかないのか!?」
「あるわけないだろう……?」
「もう俺だってあのときの俺じゃないんだぞ!」
ラッセルよ、そういうのをフラグというんだ。
そう教えてやろうと思ったが、脳筋のラッセルに概念的なものは理解出来まい。
「これより騎士団長ラッセルと魔法士団長ユーリウスの模擬戦を行うっ! 審判は私、騎士団副長のサロイが取り仕切らせてもらいます」
騎士団のとこの副長がそういうと、ラッセルは身体中に闘気を漲らせた。
湯気のように吹き出しているアイツの闘気は、確かに前よりも充実している気がする。
まぁ気がする程度じゃ話にならないんだけどな。
「それでは……始めッ!」
副長が振り下ろした腕を合図にラッセルが突っ込んできた。
とんでもないスピードだ。
身長2mに届こうかという偉丈夫の攻撃を受けたら大抵のものは無事でいられないだろう。
が、俺には全く関係がない。
何故なら……当たらないから。
突っ込んできたラッセルは、その勢いのまま剣を振り下ろしてくる。
一応訓練用の剣で刃をつぶしてはあるが、こんなのが当たったら撲殺間違いなしだぞ。
ラッセルの振った剣は真っ直ぐ俺に向かってくる。
そして——その剣は俺に当たることなく練兵場の地面を深くえぐった。
「な……魔法士団長は避けてもいなかったぞ?」
「ああ、団長の剣が自分から避けていったように見えたな……」
壁際で観戦している騎士たちがなにやらざわついている。
俺の戦い方を知らない新人たちのようだ。
「くそ……相変わらずとんでもない魔法だな、そいつぁ」
「それはどうも。でも当然無策でし・あ・いを挑んできたわけじゃあないんだろう?」
「そいつは見てのお楽しみだッ!」
ラッセルはなぜか笑みを浮かべると、一気呵成に攻撃を繰り出してきた。
縦、横、それから袈裟がけに。
そんな様々な方向からの攻撃も、俺には一切当たらない、当たらない、当たらない。
剣が自らの意思で逃げているように見えるようで、騎士団の連中は驚いて口が開きっぱなしだ。
まぁネネカだけは師匠ならそれくらい当然です!とでも言いたげな顔をしているようだが。
「っとと」
振った剣が一際大きく逸れて、ラッセルの体勢が崩れかけた。
ただそこは騎士団長としての矜持か、足首一つに力を入れることで強引に体勢を整える。
どれだけ研鑽したらあんな人間離れしている動きが出来るのか……。
きっととんでもない訓練を日頃から繰り返しているんだろうな。
俺は心の中で称賛した。
「いやぁやはり当たらんか……。あの日の負けから俺だって随分と強くなったつもりだったが」
いったん距離をとったラッセルは、そう呟いて汗を拭った。
「ラッセルは実際に強いぞ。ただ俺の方が強いってだけだ。今の攻撃だってとてもじゃないが目で追えなかったしな」
俺は正直にラッセルを褒め称えた。
そのはずなのにラッセルは馬鹿にされたと感じたのか、まるで収穫前のマールベリィの実ほどに顔を赤くした。
あれはしっかり熟れてないと酸っぱいんだよなぁ……なんて俺が顔をしかめていたら、それを隙と見たかラッセルが再び突進してくる。
「卑怯なんていうんじゃないぞ!?」
ラッセルはそういうと、剣を練兵場の地面に突き立てた。
「オラァッ!」
叫びとともに剣を振ると地面がめくれ上がり、その欠けらが俺に向かってくる。
その後ろからはラッセルが剣を振り上げて襲いかかってきているようだ。
「こいつら全部を落とせるかぁ? これで終いだっ!」
ラッセルはその身体に薄い光をまとって剣を凪ぐ——そしてその剣は空を切った。
当たり前だ、俺はもうそこにはいないんだからな。
「んなぁっ!? 逃げ場なんてなかったはず……」
キョロキョロと周囲を見回すラッセルを、俺は上空から見下ろしていた。
「あー、やっぱり高いところは風が気持ちいいな」
「お……おい、あれって」
どうやら地上にいる騎士の誰かが、空に浮かんでいる俺を見つけたらしい。
それにつられるようにして上を見たラッセルと目があったので手を振ってやった。
「と……飛んでるだと!?」
驚くのも無理はないか。
これは俺にしか使えない魔法を使った現象だからだ。
ほとんど誰にも見せたことがなかったしな。
ベクトル魔法——それが俺の固有魔法だ。
物に方向性、速度などを与えることなどで効果を発揮する。
この世界の魔法は基本的に六元素、火、水、風、土、それに光と闇を礎としている。
が、この魔法はそれらのどこにも当てはまらないものだ。
他の魔法もある程度はもちろん使えるが、専らこれを使うのが俺のスタイルになっていた。
「おい、そろそろ降りてこい! ずるいぞ!」
地面を這いずり回っているラッセルが何かを叫んでいる。
さらに石を拾って投げてくるが、上空にいる俺まではとても届かない。
「せっかく奥の手を見せてやったんだから喜んで欲しかったが……」
まぁいい、それじゃそろそろ終わらせるか。
俺は自分自身にベクトル魔法をかけ、ラッセルに向けて矢印を伸ばす。
これは有効線分といって……まぁいいか。
ともかく矢印の長さが効果時間、太さがその強さを表している。
ちなみにこの矢印は俺にしか見えないらしい。
「さて、こうするとどうなるかというと……」
「なっ、ユーリが消えた!?」
「ここだよー」
俺はまさしく目にも止まらないスピードでラッセルの懐に飛び込んでいた。
そしてすぐさま自分の拳からラッセルの顎へ向けて矢印を伸ばす。
ベクトルによって超加速した拳は、防御の間に合わないラッセルの、その顎を強烈に撃ち抜いた。
「ぐっ……近接格闘が得意な魔法士とか……反則……だ……ぞ」
ラッセルはそう唸ると、白目を剥いて地に倒れ伏した。
「……痛ってぇ……。硬ってぇ野郎だな」
俺は手をプラプラと振りながらそう呟いた。
まぁ模擬戦だからってことで体を魔力で覆ってなかったから仕方ないか。
あれを使っていたら頭がパッカンとしていた可能性もあるからさすがに使えないだろ。
「おい副長、勝負はついたんじゃないか?」
「あ……は、はいっ!! し、勝者……ユーリウスッ!」
呆気にとられた顔をした副長は、我にかえると震える声でそう告げた。
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