第9話 魔法士は移住許可をいただく
〜魔王視点〜
「えー、なんでなんでっ!?」
魔王ことリリアーデ・レイ・ブライデンヒルクは、赤くなった顔を枕にうずめて手足をバタバタさせていた。
決して窒息しそうだから、暴れているというわけではない。
「なんであの人がここにいるの? もしかしてあの日、戦場で会った日から私の正体がバレてたの?」
そう一人呟いたリリアーデは、赤くなっていた顔を青へと変えた。
部屋に控えめなノックの音が響き、青い肌の女が入ってくる。
「魔王様、あまりお客様をお待たせしてモ……」
ナーガのナミィがやってきてそういうので、リリアーデは意を決してベッドから起き上がった。
「そう……そうよね。せっかくあの人がこんな所まで来てくれたんだもの……理由なんてどうでもいい、これはチャンスだわ!」
〜ユーリ視点〜
準備をするといって部屋に魔王様がこもってから、かれこれ一時間ほどは経過しただろうか。
こんなに出てこないとそろそろなんの準備をしているのか気になり始めたぞ。
まさか俺たちを捕らえる準備だったりしないだろうな?
俺が疑心暗鬼になりかけていると、ようやくドアが開いた。
「すみません……お待たせしました」
部屋から出てきた魔王様はなんとドレスに着替えていて、薄く化粧もしているようだ。
質素な服の上にエプロンというさっきの格好も良かったが、ドレス姿の魔王様もたまらないものがある。
「師匠ぉ、鼻の下が伸びきってますよ……」
「おっと、失礼」
俺は紳士的にそういうと、鼻の下に矢印を出して伸びきっているらしい鼻の下を元通りにした。
うん、魔法の無駄遣いだ。
「私は一応この島で王……のような立場にいるものです。お二人の事情はある程度ナミィから聞きました。あぁ、ナミィというのはナーガの彼女のことです」
あの薄青い肌の彼女はナミィというのか。
そう思って視線を送ると、ナミィは小さく手を振ってくれる。
お前は付き合いたての彼女か!
「それで結論なんですが、私としてはお二人の移住に大賛成ですっ!」
魔王は花が咲くような笑顔を浮かべながらそういった。
え、本当にそんなあっさりでいいのか?
魔王にはベクトル魔法がかかっていないよな?
なんだか不安になってしまう速度感だ。
「いいみたいですよ! よかったですね、師匠っ!」
ネネカのそんな素直さを見ていると、自分が悩んでいること自体が馬鹿らしく思えてくる。
「でも魔王様——」
「魔王様だなんてやめてください! 私のことは是非リリ、と」
「あ、あぁ……。えっとリリ様、こんな見ず知らずの俺たちを相談もなしに受け入れて大丈夫ですか? 村人の反感とか……」
「大丈夫です! 村人たちもきっと歓迎してくれますよ! いえ、歓迎させますから……ふふ」
余所者の俺たちをあんなに警戒していた村人たちがすぐに諸手を挙げて歓迎してくれるようには思えないが……。
というか最後の微笑みが怖いよ!
もしかしたら魔王様が赤だ、といえばゴブリンでさえも赤になってしまうような統治体制なのかもしれないな。
まぁなんにせよここのボスがいいといってくれているんだからそれに乗らない手はない。
村人たちからの信頼は後から勝ち取っていくとしよう。
「わかりました、ありがとうございます。あ、そういえばこちらの自己紹介を忘れていましたね。はじめまして、俺はユーリウスで、こっちは弟子のネネカです」
「はじめ……まして……? でもそれはそうよね、寧ろ気付いていた方がおかしいわ……」
「あの、何か?」
「い、いえっ、なんでもありません!」
絶対なんかボソボソいっていた気がするが、あんまりそこを突いても仕方ない。
それよりはじめましてと挨拶した時、睨まれた気がするんだよなぁ……。
「あ、そういえば皆さまお腹は空いていませんか?」
魔王……リリ様が唐突にそんなことを言い出した。
「ええっと……そうですね、少し」
「えー、私なんかもうぺこぺこですぅ」
「うふふ。それじゃ、大したものじゃないですけどお持ちしますね」
リリ様はスキップでもしそうなほどルンルンとした足取りでキッチンへ向かっていく。
それを見計らったか、ネネカが小声で話しかけてくる。
「ねぇ、師匠。あれってもしかしてチョロインってやつじゃないですか? 前に読んだ本に書いてありましたもん。師匠に惚れてるんですよ、きっと」
「なんだ、チョロインって」
「やだなぁ即落ちヒロインのことですよー」
「いや、言い直されても分からんのだが……。というか初対面で惚れたりするわけないだろ!?」
「あら、随分と仲がいいんですね」
ネネカとやいのやいの言い争っていたら、リリ様が食事を運んできてくれた。
随分早いから、俺たちが来た時点でほとんど完成していたんだろうな。
「お口に合うかわからないのですけど……」
リリ様はふふ、と含み笑いをしながらテーブルに器を載せた。
これは……肉と野菜のスープか?
「これはリリ様が作ったんですか?」
「はい、私が作ったものですが……。それよりユーリ様、リリ様というのはやめて下さい。敬称なんていりませんから。ただリリ、と。それに敬語も禁止です!」
なぜかリリ様は目に涙を浮かべながらそう懇願してきた。
まぁそこまでいうなら仕方がないか。
不敬だ!といわれないなら俺もその方が楽だしな。
「ん、あぁ……わかった。これでいいか?」
「ええ、嬉しいですっ! さぁどうぞ召し上がってください!」
そう促されて、俺はスプーンを口に運んだ。
この魔王に限って毒なんか入っていないだろうし警戒をする必要もないだろう。
「うっ……こ、これは!?」
「えぇっ、これって……」
俺とネネカが同時に声をあげた。
「うふふ、驚いてもらえたみたいでよかったです」
「これは俺が作るスープの味だ……」
「そうです、灰汁もとらずに雑味マシマシ……この味はまさしく師匠の味ですっ!」
俺はネネカにチョップをひとつ落としてからリリに問いかける。
「でも、なんでだ!? こんなこと……あり得るのか?」
「じゃあヒントです!」
リリは可愛らしい笑顔を浮かべると、指を一つ立てた。
「一つ目、一月前」
「一月前……? んー、わからん。次のヒントをくれ」
「うふふ、わかりました。それじゃあ二つ目、ギガント関」
「ギガント関……? あぁあのやたら強い魔法使いがいた戦いか。え、まさか……」
「それじゃ最終ヒントですっ」
リリはそういうと、自分のスプーンでスープをすくう。
それからひとつ立てた指を俺の顎にそっと当て、優しく口を開かせるとスプーンを口の中に差し入れてきた。
「これで分かりましたか?」
「んん……ごくり。ああ、分かったよ。リリ、お前があの時の魔法使いだったってわけか」
「はいっ!」
リリは気付いてもらえたことが嬉しかったのか、飛び跳ねて喜んでいる。
その度に大きいものが揺れていて目に毒……いや、薬だ。
「ねぇ師匠……」
「お、おう? 今いいところなんだが……」
「いいところ、じゃないですっ!」
ネネカはリリのに釘付けだった俺の頭を強引に自分へと向けた。
「私が置いてけぼりなんですけど……? 納得いく説明をしてくれますよねぇ?」
「あ、当たり前だろ。これから話そうと思ってたんだよ!」
俺はネネカに肩を揺さぶられながら、あの日……リリにあった日のことを思い出し、そして語りはじめた。
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日間ランキング入りはあと★2、3個分くらい足りず、ダメでした!
たくさん応援してもらったのに不甲斐ないばかりです。
ということで明日からは投稿ペースを少し落とします!すみません!!