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その8

 鳥の(さえず)りが聞こえる。カーテンの隙間から朝日が差し込み、俺は窓を開けた。

 青い空が見渡せるような広大な土地。

 見渡す限り、それは俺の畑だ。


「おはようございます」

「ああ、シリルさん。おはようございます」


 可愛らしい嫁さんが隣にいることに少し慣れてきたものの、未だ夢である可能性を捨てきれていない。


「ふふ、そろそろ慣れてもいいのではないですか。口調が固いですよ」

「でもなかなか切り替えられるものではないんですよ。こちらの方が俺は落ち着きます」

「……まあいいでしょう。けれど少しずつでも砕けた話し方をしてもらえると、本来の貴方のような気がして、私は嬉しいです」

「う」


 笑顔が眩しい。隣にいることは慣れてきたが、笑顔を向けられることはまだ慣れない。

 だって可愛い女の子だぞ。これまで縁なんてなかったんだ。仕方ないだろ。






 嫁さんを紹介されたあの日。

 実に愉しそうな顔でアル様は語ってくれた。


 シリルさんはアル様同様、農業へ強い関心を示していたらしい。

 需要のある野菜の大量生産と品種改良に力を入れたいと考え、王室と共同でその事業に取り組むことにした。

 金も土地もある。あとは知識だと、アル様が身をもって農業を体験することにしたそうだ。

 そうしてなんやかんやで俺の家へ、と。


 アル様もそろそろ城へ戻ろうと思っていたらしい。王子だもの、多少なりとも仕事があるんだそうだ。

 そして俺への報酬として、シリルさんと同じその王室共同事業の責任者ポジションと、畑をするための広大な土地、その中に建てられた大きな屋敷が準備されていた。


 そんな折に俺が結婚したいと言い出したものだから、いっそ籍を入れてしまえ! となったらしい。

 つまりシリルさんは嫁さんというより、共同責任者なのだ。残念ながら。




 この屋敷に住み始めてからもアル様はよくやってくる。

 事業の進捗確認という大義名分の下、それはもうしょっちゅうやってくるのだが、本音は畑仕事をしたいのだと俺もシリルさんも知っている。

 シリルさん発案の事業に王室が共同でと名乗り上げたのは、アル様の強い願いがあったから。

 農民になりたいという夢を、それに近い形で叶えたのだ。


 俺はすっかりアル様に人生を狂わされた。

 お金も屋敷も地位も嫁さんも、ついでに責任と面倒事、酷い胃痛も手に入れた。


 はたして幸運なのか不運なのか。




 来客の合図だ。

 俺はいつも通り深々とお辞儀した。


「──いらっしゃいませ、アル様」


 そして、今日もアル様は農民になる。

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