第1話『君は目覚める』
writer:シュレディンガーの猫刄
あれから数日……
平穏な生活は突然に崩れ去った……。
でも、悪いことだけじゃなかった。
ただ1日を終えるだけの生活をしていた俺の元に天使が舞い降りた……!!!
そう…!曹魏のトップアイドル!
その名も孫阿ちゃん!
そしてこの日は孫阿ちゃんの多目的ホールライブの日!
チケットも最前席で取ってある!
後はこの扉を開ければ……!
思えば扉を開く以前に気付くべきだったのもしれない。
いつもファン達で混雑してるはずの孫阿ちゃんのライブに誰一人集まって居なかったのだから…。
「もしもーし、聞こえてますかー?」
ホールの真ん中でぽつんと愕然として止まっていた俺に声がかかる。
孫阿ちゃんだった。
いつかこんな至近距離で話したいと思っていたが……。
こんな会話をしたいとは1ミリも思って居なかった。
「ねーねー、あなた、劉備なんでしょ?
劉備玄徳!」
「どうして……名前が……」
それをこぼすだけで限界だった。
なぜ、彼女は誰にも言った事のなかった自分に宿った魂の名前が分かったのか……。
魂が目覚めたのはつい数日前だった。
まだ、目覚めが浅いのかそこまで実感が無かったが、争いごとを避けたい為に魂の事はずっとだまっていたのだが…。
「近くによれば十分だ」
それは知らない女性の声だった。
我に返って目を凝らすと、ステージの影から一人の女性が歩いてきたのがわかった。
彼女は……………メイド服……???…に、眼帯……??
えっ………と。
…………………眼帯!?
「まさか…!夏侯惇……!?」
隻眼の武将といえば曹操配下の重鎮夏侯惇、その名前が頭に過ぎった。
否、それ以前に見ただけで感じる事ができた!
「あっ………」
思わず漏れた言葉に彼女は答えた。
「"ご名答"いかにも私は夏侯惇元譲。
そして、わかっただろう?
強い魂を持った者は魂の目覚めた者になら判別可能だ。」
失策だった。
ただ、名前を明かさなければ問題は無いと思っていた。
しかし、目覚めた後に孫阿ちゃんのライブへ向かったらその時点でバレていたのだった。
そうと分かればこの状況も納得がいく。
孫阿から俺の存在を聞いた曹操が邪魔にならない内に早く潰そうとしてたのだろう。
気付くと孫阿ちゃんはどこかえと消え、夏侯惇が俺の前に立ち塞がっていた。
孫阿ちゃんは俺が気配で気付かないように囮として呼ばれていたのだろう。
そして気を見計らって、手練の夏侯惇へバトンタッチ……。
……未だに自分が劉備だという自覚もできない自分だが、これだけは分かる。
"ここで死ぬ訳にはいかない"
その時だった。
まるで俺の危機を察知したように、否、察知したのだろう。
──龍が降ってきた。──
青龍……!!
俺を庇うように夏侯惇に目掛け堕ちてきたその轟雷──否、少女の名前が手に取るようにわかった。
「「関羽……雲長…!!」」
俺と夏侯惇の声が重なった。
夏侯惇は咄嗟のガードで傷付いた腕を庇いながら驚きの声を上げていたが、俺の声には別の意味があった。
それは、形容しがたい感情だったが、言うなれば暖かさがあった。
「関羽雲長……」
その名前を噛み締める度に魂が熱く……アツくなる!
それは彼女も同じだったのだろうか。
関羽は俺がその名前を呼んでいる事に気付くと、1本に結んだ長い黒髪を揺らして顔だけ振り返り、知的で意思の強いクールさを感じる落ち着いた表情を崩して、微笑みながら
「よかった……。」
と、そう呟いた。
この時彼女は頬を紅潮していたように見えたのは気のせいか……。
だが、このアツい高まりに間違いなく俺は紅潮していたに違いない。