第10話『黎無垢』
writer:シュレディンガーの猫刄
足早に地を蹴っていた。
踝が擦り切れているのかビリビリとした痛みが走っていたが、奥歯を強く噛んで気にしないでおくことにした。
想いを乗せて走る脚はまるで、旋風にでもなったかのように次々と景色を飛ばして行った。
足元を見ると、駆ける脚は原型を留めず、蹴られる大地は一瞬では地面とは認識できないほどに歪んでいた。
それらはただ疲労からきた眼の悲鳴だと気付くことはとうとう無く、その疲労は俺を──俺たちを闇を斬る風とでも錯覚させていた。
実際にはさらなる深淵へと誘い込まれているとも知らずに、痛みをもはや呼吸とでも認識したかのような脚はただただ駆けてくだけだった。
ふと、私は振り払った筈の疑念に魘われる。
それは私の脚を鈍らせるのに充分な悪夢だった。
具体的には掴めないものの、心を締め付けることは容易い闇。ビジョン。
もやもやとしたナニカが私を苦しめるのだ。
気付いた時には私が彼に引っ張られる形になっていた。
どうやら彼は自分が行かなければならない場所、理由を理解た様だった。
否、理解というよりは感じているだけなのかもしれない。
それでも彼は走り続ける。
それだけ彼を動かすほどのイメージがあるのだろう。
しかし私は対照的に、この行動に対して疑念を抱きつつあった。
そして次第に私の速度は遅くなっていったのだった。
私を信じてここまで歩んだ彼の枷になることはいやだった。
だから私は雑念捨てるようにして強く、強く、地面を蹴り飛ばす!
私は私を置き去りにして彼と共に駆けた!
夜を、闇を、深淵を……月光もが当たらぬ程に!
身体を超えて!心臓が飛び出すかのように!
そして……誘われていくのだった。結末へと。
静寂の中で走り回る2人を見つけるのにさほど時間はかからなかった。
手早く事を終わらせようと私の心が急く。
むしろ、2人を見てると羨ましさを感じる。
早くこの場を去りたい理由、静寂を羨ましく思うのには同じ原因が存在した。
それはこの静寂である。
死屍累々たる黒き塔の残骸に吐き気を促されていた。
先程まで騒がしく喚いていたソレは線がプツリと切れると、我に返ったのか、狂気の後に至った赫に誰もが沈黙し、冷たく時が停止していたのだった。
その気持ち悪さは、ソレを作る一因にもなった私でさえ身震いをせずを得なかった。
風に乗って腐臭が辿り着く前に私は2人を始末する決心を付けた。
先程射った関羽を囮に、気を取られる隙を狙おうとも思ったが、吐き気に勘を鈍らされる前に始末するべく、駆け抜ける今に狙いを定めた。
先に狙うべきは……徐庶か。
しかし、万が一外した場合の危険性を考えると、先に隙だらけな劉備を狙った方が好手かもしれない。
徐庶元直は劉備に依存した性格であることを聞いている。
奴の"中心"は劉備玄徳と直結してるか……。
ならば問題はあるまい。
私は闇を駆ける劉備を追うようにして弓を構える。
狙いを付けたその時に、全ての情報は線で描かれ、私の脳は覚醒する。
狙いは中心……心の奥の、奥の奥────真の心を…………射ち抜く!!
その時──張り詰めた夜は黎明を迎えようとしていた。




