第7話『鮮紅』
writer:シュレディンガーの猫刄
「あなたには役割があるのよ?
さぁ、私の言う通りに動いてもらえるかしら?」
奥の部屋で待ち受けていた曹操は予め全てを知っていたかのようだった。
当たり前のように私に命令し、当たり前のように計画を成す。
到底好きになれそうになかったが、そこまでを見通して事を起こしたことに、私は心服した。
と、言っても一生従うつもりはサラサラないが。
そして彼女の命令を受け取ることとした。
私の承諾を見届けた曹操は、夏侯惇に自ら付けた手の傷の治療を命じさせた。
まさか怪我させてきた本人に治療をされるとは思わなかったが、それは夏侯惇も同じなのだろう、むしろ痛み付けるように包帯を乱雑に巻き付けた。
その後、早速行動に移そうとも思ったが、その前に一つ聞きたいことがあった。
「どの時点でこの策を画いたといんだ?」
曹操は即答した。
「関羽が戻ってきたとの報があった、その瞬間よ」
要するにその答えは外出中だった関羽を引き戻した存在、それも曹操の動きを察知し、劉備を補足していて、なおかつ曹操を出し抜こうとする存在であった。
ちょっとした出来事から1つの影を見つけた曹操は、すぐさま既に現れている袁紹と董卓の陣営に目をつけた。
そして、袁紹はその優柔不断な性格から違うと判断され、残された董卓軍、しかも私──李儒の策だと見破り、さらにそこから袁紹にその情報を渡し、協定を結んだというのだ。
私がこの策に乗らなければ袁紹と共に我々を潰し、私が乗れば袁紹を裏切るという……なんとも残酷なシステムだった。
しかしこのような芸当を見せられると、知者として私は震えが止まらなかった。
曹操…孟徳……!!
この一時は力を貸そう。
だが、いつか必ず貴様を超えてやる…!!
俺は直前の出来事に対してただ呆然とソレを眺めることでしか頭が動こうとしなかった。
雲午と名乗った彼女が自ら斬り落とした腕……。
容赦なく斬られたソレは生気を全く帯びていなかった。
この時点でなんとなく察してはいたのだが、確信を持てなかった俺は躊躇していた。
その結果だった。
益徳は俺を庇いソレを抱えて走り……やがて閃光に飲み込まれて……。
そして、鮮紅を散らした。
その紅い雨はただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった愚かな俺を嗤っているかの様だった。
この現実を叩きつけれられて尚、ただ立ち尽くす事しかできない愚かな俺を赦して欲しいとは言わない。
だが、どうか心に安息を与えてくれないだろうか。
この凄惨な事実を、事象を、現実だと理解するには俺は馬鹿すぎるようだ。
いずれ向き合うことになるにせよ、俺は今、ただ無を求めた。
それが自らの歩みを止める事になろうとも。
そんな虚無的な感情-と呼んで良いかは定かではないが-に支配されかけていた俺の前に彼女は現れた。
そのメイド服から曹操軍と思しき姿だったが、
ジャラりと鎖──手枷足枷を着けられたその姿はまるで、囚われているかの様だった。
互いに姿を見やった刹那、彼女は動かしずらいであろう手足を必死に動かし、何度も転びそうになりながら俺の元に走って近付き……
そして、その白くか細い指で俺の手のひらを包み込んだ。