欠損勇者が魔王についっていったその後の話の続き
『欠損勇者が魔王についっていったその後の話』(https://ncode.syosetu.com/n6104gh/)の続編です。
魔王は奥間に続く、勇者を休ませている部屋へと入った。
枕元の水差しは相変わらず減っていないため、勇者はあれから一度も起きてはいないのだろうと察した。
勇者は昏々と眠り続けている。それは今までの不足を補うかのようであるなと考える。
顔色も幾分かマシになってきたように見えるが目の下の隈はまだうっすらと残っている。この様子ではもうしばらく起きることは無いであろう。
「さてと。今のうちにすませておくか」
眠っている今、勇者に対してしておくことはあった。
欠損箇所の補填である。
左肘から先と右膝から下の欠損。足は義足を用いていたようだが先の戦いで吹っ飛ばされて無くしている。左腕は欠落したままだ。
触手を持つ魔物や尾を切られても再生可能な動物でもないかぎり新たに生えてくることもない。
それは魔族に属するものでも一様に再生できるわけでもないので、身体の一部を失ったものは失ったままだった。勇者といえど所詮は人間なので言わずもがなである。
そこをなんとか解決しようと研究した結果、意思なきスライムに再生機能の付与が成功したのであった。
欠損箇所に移植すると、この移植したスライムは身体情報を何らかの方法で読み取り元の形を取り戻そうとするのであった。
どういう方法で読み取るのかは未だに判明していない。魔王とて何もかも、ありとあらゆるものに精通しているわけではないのだ。我、魔王ぞ、なにゆえたかがスライムで頭を悩まさねばならぬのだという思いはありはするが、現在進行形で役に立っているので文句は言えない。自らも研究に携わっているためただ悔しいのである。要解明事項のひとつだ。閑話休題。
再生機能が働き、元の形を取り戻したところで、どこまで元通りの動き、働きをするかは個体差によるし、欠損されてからの時間にもよるのでこのあたりも今後の課題である。
そう。魔王はこのスライムを使い、勇者の欠損箇所に充てようという試みるつもりであった。
あらかじめ素材と術者を部屋に待機させておいた魔王は合図を送り、それを開始させた。
***************
「――――……」
ふと、意識が浮上していった。
ぼんやりする頭で現状を思い返した。そうだ、自分は魔王に寝かせられたのだった。随分久しぶりに熟睡した気がする。
夢のなかに、今や失ってしまった、かつての仲間たちが出てきたような。
自分は笑っていただろうか。泣いていただろうか。微笑ましくなるような思い出はかつての仲間たちとは築けなかったから、せめて夢の中でだけでも笑い合えていたらいいなと思う。
それにしても自分はどれだけ眠っていたのだろうか。あちこちが固まっているようで身体を起こそうにも起き上がれない。酷使していた反動でもきたのだろうか。
「…………?」
意識が段々とはっきりしてきて、気づいた。
身体がおかしい。正確に言えば失ったはずの左腕と右足が。
なんだか、うぞうぞ、ぐねぐね、動いてないか……?
「――――っ」
異変は確信にかわり、無事な右手で自身に掛けられていた毛布を勢いよく剥がした。
そこにあったのは旅の序盤でよくみかけたスライムが、自分にくっつけられている光景。
スライムは失った腕や足の先に絡みついてきており、もぞもぞと絶え間なく動いているだけのようで自身にそれ以上の危害を加えてくる様子はないが、状況が飲み込めない今、引きちぎったほうが良いだろうか。
痛くはないのだが、なんだかもぞもぞするというか、こそばゆいというか。
右手で絡みつくスライムを引き離そうと掴んだとき、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「目覚めたか、勇者よ」
入ってきたのはかつての宿敵。今や協定相手。
ベッドサイドまで歩み寄り、勇者からすればやたらと大きい椅子に魔王はどかりと腰掛けた。
「よく眠っておったようだが気分はどうだ」
「悪くはない。だが、その……」
未だうごめいていいる自身の腕や足に目線を向け、これは一体なんなんだと魔王に問う。
魔王は少しおかしそうにそれらを見やる。大きな身体を、より大きくふんぞり返ってみせた。
「驚いたであろう。それは我ら魔族の研究の成果で、欠損箇所を修復する機能がある。どうだ、すごいであろう!」
「修……復……?」
「お前の身体情報をもとに失われた部位を復元させておる。もうしばし、時間がかかるであろうな」
聖なる属性に連なる勇者に対してスライムは魔に連なる属性で相性が良いとは言えない。
それが原因なのか、予想よりは修復速度は落ちているものの、少しずつではあるが勇者の身体の一部として生成していっているようであった。
勇者はもたらされた事象に驚き戦いた。
単純な技術力もさることながら、魔族たちはかように進歩してきているのかと。
これは、もう。人間に勝てる術などあるのだろうか。
「お前たちは……すごいな」
「はっはっは!そうであろうそうであろう!」
自身に付与されたうごめくスライムたちを呆然と見つめ、ぽつりと呟いた。
勇者の言葉を魔王は耳聡く拾い、機嫌良く愉快に笑う。
それにつられ、勇者も息を吐くように小さくフッと笑った。
「ああそうだ。玉座の間の階下で命を落としたお前の仲間は隣室に運んでおるぞ」
「……――――えっ」
魔王の言葉に、少しずつ生成されていく腕を見ていた勇者が遅れて反応した。
今、仲間の話が聞こえた。ような。
「あいつがいるのか!?」
久しぶりに大きな声を出した気がする。反射的に返した自分の声の大きさに、自分で少し驚いた。魔王は頷き返す。
勇者は魔王の言葉を咀嚼する。思い当たったことがあった。
自らの腕や足を見る。
これらは失ったものを、補う力。
もしかしたら、……――――命すらも……?
震える喉を引き絞り、声を紡ぎ出そうとした。
「それはできぬ」
勇者の言葉が音になる前に、魔王によって遮られた。
強い口調に、開けられた勇者の口は力無く閉じられる。
「我らとて万能ではないのだ」
「そうか……そうだよな……」
「修復が済んだら仲間の顔でも見てやるが良い。それから埋葬してやろうぞ」
「ああ。……感謝する」
「そうとなればさっさと寝てしまえ。寝ているほうが修復が早い」
実際、寝ていようが起きていようが大して変わらないのだが、まだまだ勇者には休息は足りていない。
起きていたって、現状どうこうしようがないのだから寝てしまうに限るのである。
勇者にしてみればこの不思議な魔族の処置には当然無知であるため、言われることが答えである。
仲間のことをぶら下げられればそれはその通りであるので、早々に横になった。
そうは言ってもたくさん寝たので寝入ることはなさそうだと考えていた勇者だが、身体は素直に勇者を夢の世界へと連れて行った。
****************
それからいくらかの朝と夜を迎え、勇者の身体は過去の彼のそれとは異なる変化を遂げた。
失われた身体の部位は元の形を取り戻した。だがそれは残念ながら完璧とまではいかず、色は元のスライムの色と思われる紫色。
質感も人間のものとは少々異なり弾力が強めではあったが、動きは勇者の思い通りに動かせるものであったため、見た目を除けば勇者の修復は概ね成功であった。
杖に頼らず歩けるようになり勇者は真っ先に最古の仲間に会いに行った。
何か術でも施したのか、すでに亡くなってしばらく経っていた仲間は腐敗もせず、別れたときのままの彼であった。
傷は修復されており、一見綺麗な姿の彼。伸ばした左手でそっと彼の胸へ触れた。そこにある心臓はやはり動いていない。知覚できないのはスライムにより生成された腕のせいではないのは分かっていた。だってこの腕は熱や触感を味わえるのだから。分かってはいても確かめたかった。ただ眠っているだけのように見えたのだ。魔王はああ言っていたがもしかしたら、って。奇跡だってあるんじゃないかって。
でも。奇跡は起こったりしなかった。
枯れたと思っていた涙を一筋流し、勇者は彼の死に別れを告げた。
多分次くらいで最後です。