1-2 上書き保存、する?
何やら追いかけられている馬車に近づいていくと、さすがに全速力で馬車を牽くのは限界に達してきたのか、スピードが落ちてきたようだ。
追いかけている二人のうち、一人が追い付くと、馬車を牽く一頭の馬へ剣を振りおろす。
馬車が引っくり返らなかったのは、運が良かったんだろうか。走れなくなったのか、諦めたのか馬車は止まってしまった。
都合良く、馬車の止まった道沿いは片側が林になっていたので、身を隠しながら素早く近づくと声が聞こえてきた。
「やっと、観念したか、手こずらせやがって」
「に、荷物もお金もすべて差し上げます! どうか命だけはお助けを……」
「ふん、まあおっさんには興味はないから、助けてやってもいいが……へえ、綺麗な娘さんじゃねえか」
「大当たりですね、お頭」
「お、お願いです、すべて差し上げますので、む、娘だけは!」
「おっさんは黙ってろ! ぶっ殺されたいのか!」
顔も雰囲気も盗賊そのものでした、このゲーム、悪人が比較的分かりやすく外見設定されてるのも特徴だったな。
馬から降りてきたお頭と呼ばれた盗賊に意識を集中する。
「やるか……やっちゃうか! 『ファイアボール』」
「ぐはぁ……」
ぶっつけ本番だったが、イメージした通りに魔法が発動して、ゴゥっと音を立て、拳より大きな火球が高速で飛んで行き、盗賊の背中に直撃、苦しそうに倒れる。
よし、と心のなかで叫びながらもう一人を探す。
「お、お頭!」
叫び声を頼りに視線を向けるが、こちらから死角になっていたので、素早く移動して再び同じ魔法を放つ。
命中はしたが馬ごと焼いてしまったようで、驚いた馬は盗賊を振り落として駆けていってしまった。
「大丈夫ですか、怪我とかされてませんか?」
「ひ、ひぃぃ、どうか、どうか娘だけは!」
御者をしていたおじさんに、声をかけてみたけど、めっちゃ怯えられてます。まあ、仕方ないか。
しばらく、落ち着かせようと言葉を選んで話をしていたら、なんとか落ち着いてくれたようだ。
そういえば、日本語で話して日本語で聞こえてるな。言語設定仕事してるね。
「マーカスさ~ん、マーカスさ~ん」
遠くから、声が聞こえてきたと思うと、二頭の馬が駆け寄ってきていた。二人乗りで、合計四人のようだが護衛かな。
「ああ、ジェイクさん、ご無事でしたか」
「まあなんとか、倒せたが……こっちは大丈夫だったのですか」
頬に傷がある厳ついおっちゃん、ジェイクさんって言うのかな、見るからに強そうな人だし、やっぱり護衛のようだ。
「は、はい。旅のお方に助けていただいて――」
「――カーク! カーク! しっかりしろ、もうすぐ街だ、こんなところで死ぬな! レベッカ、ヒールを!」
「だ、だめもう魔力が……それに傷が深すぎて、これじゃあもう……」
他の護衛も馬から降りてきたようだけど、一人が重症のようだ。近づいて様子を見るが、肩からバッサリと斬られていて、押さえてる布か何かが真っ赤に染まっている。
「ヒール、使えますが見てみましょうか?」
「た、頼む! 幼馴染みなんだ、助けてやってくれ、お願いだ!」
出来立てホヤホヤなキャラだけど、あとヒール二回ぐらいの魔力は残っている。
ダメもとでヒールをかけてみるが血が止まる気配はない。裂傷による出血の状態異常みたいなものか……。
「待てよ、状態異常なら――」
素早く、怪我人を指先でダブルクリックしてメモ帳を開く。行ける、他人でも設定を開けるぞ。
「ちょっと、失礼します」
声をかけながら、他の護衛三人と御者のマーカスさん、そして自分のメモ帳を開いていく。
視界内に広がる、六つのメモ帳ウィンドウをそれぞれ操作しながら、高速思考で一致点、類似点などをチェックして、羅列された文字列と数値が意味する設定を推測していく。
解析ばかりしていたために、身に付いたリアルスキルだけど、こんな時に役立つなんてな、人生何があるかわからないや。
「これか!」
六人分の比較対象しかないが、たぶんこれだ、出血の状態異常フラグ。出血のフラグをオフにして、出血ダメージをゼロに。
「あとは、プログラムが走ったまま上書きできるかどうかだけど……行け! オーバーライト!」
自然と口に出た、呪文のような台詞と共に、上書き保存のボタンをタップ。エラーメッセージは出ないぞ、よし。
両手で視界から押し退けるようにして、メモ帳ウィンドウを左右に散らし視界を確保。
上書き保存の影響か、薄く光っている怪我人に、最後の魔力でヒールをかける。
弱々しかった呼吸が落ち着き、顔色も血の気が戻ってきたようだ。
「出血も止まったようですね。でも、血を流しすぎてると思うのでしばらく安静にしないとダメかな。医者じゃないので、これ以上は無理だけど」
血の染み込んだ布をゆっくりとはずすと、傷は塞がってピンク色の肉が少し盛り上がっていた。
「あ、ありがとう! ありがどぉぉぉ」
「い、いえ」
涙だけならともかく、鼻水まで垂らした男に抱きつかれる趣味はないので、サッと身を引く。
「凄い、もう手遅れの致命傷だったはずなのに……」
レベッカさんだったかな、ヒールを使えるだけに今の治療が非常識なのがバレたかも。
「助かったよ、俺はジェイクだ。こいつらと一緒にパーティーを組んでる冒険者だ。君は?」
「私は、アキラです。ちょっと遠くから旅の途中でしたが、何やら物騒だったので、様子を見に来た感じです」
「そうか、カーク、死にかけてたアイツを助けてくれた礼もしたい、もうすぐ街だから一緒に来ないか?」
「わ、私からもお礼をしたので、ぜひご一緒してくださいませんか?」
「マーカスさんもこう言ってることだし、どうだ」
特に行き先も目的もなかったし、ここはご一緒しておきますか。
チラチラと馬車から見えた女の子も可愛かったし!