20
牢屋にひとりの女が来た。
「これは。これはエメラルダ食医。このようなむさ苦しい所にいったい何用で?」
「後はわらわがやるゆえ、その方 下がれ」
大きな返事をして門番が去った。
「娘。いったい何があった?」
「……」
トールは何も答えない。
「話そうが話すまいが死ぬことに変わりはない。そうじゃろう?お前は死ぬのじゃ」
「……」
墟空を見ていたトールの目が初めてエメラルダを見た。
「ならば、せめて己の人生を話してから死ねばよいではないか」
「あたいの人生」
「そうじゃ。わらわを遺書だと思え。人は遅かれ早かれいずれ死ぬ。わらわとてそうじゃ。少しお前の方が早かっただけのこと。……のう、お前の人生とはなんじゃ?生きてきた意味、証しをわらわに示してみい」
「遺書……生きてきた意味、証し……」
「そうじゃ。わらわがそなたの人生の語り部となろう」
「聞いてくれるの?あたいの人生」
「ああ。わらわがそなたの人生譚 責任をもって聞こうぞよ」
「……わかった。話すよ。えっと、……そうだな。どこから話せばよいのかな」
「どこからでもよい。話しやすいところからでよい。なーに。時間はたっぷりある。いくらでも話せ。いくらでも聞こう。わらわはお前の良き味方じゃ。臆せずいくらでも話すがよい」
「うん。わかった」
そう言ってトールは、ゆっくりと、思い出すようにソロモン街からの人生を、エメラルダに語る。




