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「大丈夫かい」

 ソロモン街と呼ばれる、みなしごたちの集まる場所。そこで、トールは生まれた。いや、それはトール自身もわからない。物心ついたときには、ここにいて、両親がいなくて、自分の置かれている立場を理解した。強盗をした。ゴミ箱をあさった。同じソロモン街の孤児たちと情報を共有した。―それもこれも生きていくために。

 親がいるという気持ちはわからない。だから繁華街に行って自分と同じくらいの子どもを連れた親子連れを見たとき、羨ましいとは思わないけれど、その子どもの楽しそうな笑いを見たとき、あの笑いは何なのだろう、と疑問に思うときがある。

 ある日、ゴミ山の中にあった。角がひび割れた鏡を拾った。テントの寝床に置いて、寝る前にふとその鏡に映る自分の顔を見たとき、気付いた。

(あ、やっぱり私あの笑いができないや)

 そうして、繁華街で見た子どもとはあきらかに違う、自身の薄汚れくたびれた顔や、ぼさぼさの髪を目の当たりにして思う。

(あ、あれが親がいるってことなんだ)

と。

 自分とは違う環境を比べて、特段 悔しくはなかった。後悔もなかった。それだけ必死だった。毎日真剣だった。飢えを乗り越えること。毎日そればかりをかてに生きてきた。

 死ねば楽になっていたかもしれない。現にソロモン街ではたくさんの子どもたちが死んだ。中には顔見知りの子もいた。最初は悲しくて何度も泣いた。でも次は我が身なのだと思うと、悲しみよりも恐怖が襲ってきて次第に泣かなくなった。それよりも明日食料は手に入るだろうか。生き延びられるだろうか。その方が今の自分にとって重要な要素になっていった。

 ある日、本を拾ったけど、読み書きができないトールにとってその中身はまったくもって無意味な物だった。でも表紙と背表紙のイラストが気に入って、テントに持ってきた。それは星空の絵だった。

 たまに何で生まれてきたんだろう、とか私の両親は何で私を捨てたんだろう、とか考えることがある。そういうとき、自身の中から湧き上がる辛くて悲しくなる感情を抑えることができなくなる。そしてそのままにしておくと、涙がたくさん溢れ出ることに気付く。

 それが嫌である日、テントを出て、夜空を眺めたら星空が広がっていた。その星空を見ていたら、次第に悲しみがおさまった。

(うん。明日も生きてみよう)

 そう思えるようになった。

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