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四川省



(1)

 四川省は、自給自足のできる国。そのほとんどの物資を輸入に頼っていない。輸出ばかりでその資源は潤っている。税金徴収率も90パーセント越え。その潤った財力で、王国の防衛につぎこんでいる。そのため、王国の軍備力は強大で他国からの追随を許さない。


 リオン王子はあくまでお忍びということでその身分を隠している。ただ闇雲に四川省王にあっても前回と同じ結果になることは目に見えているからだ。


 中級くらいの宿をとり、一旦、王子の部屋で作戦会議。場には、リオン王子、ソシア、ジェシカ、マルカラン、そして私。



「先に言っておく」



 王子の言葉に皆が注目する。



「余はこれより身分を隠す。よって王子ではない。同等として扱うように。呼び名はリオンでよいし、敬語を使わなくてもよろしい」

「わかりました」



 私の返事に一同、それぞれの返事で続く。



「さて、王と友好関係を築ければもちろんそれにこしたことはないが」

「と、言いますと?」



 私が問いを投げかける。



「建前だ。本当の目的はそなたの護衛だ。プローリア」

「……はい」



 改めて目を真っ直ぐ見られて言われると照れる。多分赤面している私。それがわかって周りの目がひやかしているようで気になる。



「まずは町で情報を集めようよ」



 ごもっとも。さすがジェシカ。落ち着いている。



「なにか名物料理はないかな」



 こういうときでも食い意地がはっているところは、さすがマルカラン。



「やっぱりこういうときは酒場でしょ」



 未成年のくせになにを言うか!ソシア。



「酒場に子どもを連れていくわけにはいかんからな。それに女性が行くのも危険すぎる」

「じゃあ、どうするのさ」

「酒場には俺とマルカランが行く。みんなは町の飲食店を調べてくれ」



 と言って、お金を出し、それぞれに持たす。



「軍資金だ」

「う、ほーい」

「やりー」



 ソシアとジェシカは大喜びだ。



「薬膳料理はここ四川省が発祥の地といわれている。些細なことでもいい。頼んだぞ」



 そういうリオンの顔つきは重い。


(2)

 私たちは舌鼓したつづみを打った。改めてメニューを手に取りみんなで眺める。



「本日のランチメニューお品書き

『じっくりとことことよく煮込んだ冷製スープ』

かゆ

『シロップ煮』

『煮物』」



「いかかでしたか?」



 わざわざキッチンからcookが顔を出して私たちのテーブルにきた。このような心配りがまた客を呼ぶのだろう。同じcookとして頭が下がる思いだ。



「おいしかったです」

「僕も」

「私も」



 皆 意見は同じであった。



「これが『薬膳料理』……」

「ええ。料理には無論漢方薬が入っています。そしてわたくしどものお店では、薬の成分を引き出すことに特化したメニュー構成となっております」

「そうなんですか」

「ええ。薬膳料理は初めてのようですね。さらに言えば、体を暖める料理と冷やす料理を交互に提供することでお客様のバランスに考慮しています」

「なるほど」

「あなたは薬膳料理を求めてらっしゃる?」

「ええ。私たちはここ四川省が薬膳発祥の地と聞き、きました。薬膳とは何なのか?その『いろは』の『い』の字も知らぬ身ゆえ。いやなんともお恥ずかしいかぎりです」

「そうですか。ならば図書館に行くとよい」

「図書館ですか?」

「ええ。そこに『黄帝内経』と呼ばれる最古の医書があります。読んでみると良いでしょう」

「ありがとうございます」


(3)

 私たちは手続きを済ませる。ソシアは児童書コーナーに。ジェシカは武術書コーナーに。私はお目当てのものを見つけて、手に取り席に着き、書を開く。


 『素問』編と『霊枢』編があり、『素問』では生理・病理・衛生についてを。『霊枢』では、鍼灸についての記述があった。


 私は、今回『素問』について注視して読んでみる。


 『薬膳』では、全ての食物は『五味』と呼ばれる酸味・苦味・甘味・辛味・塩味と、『五性』と呼ばれる熱性・温性・平性・涼性・寒性を持つと考えられている。その効果を得るためには、その特性を生かした食材を選ぶことと、食する人の体の状態や体質。気候との適合を考慮することとある。


なるほど。まことに興味ぶかい。



 となると、考えられるにイザイラの病を治すには、それに対応する料理のレシピと材料―漢方薬―が必要だとわかる。


 私は一歩前進したことに喜びを噛み締める。



(さあ、宿にもどろう。リオンが帰ってきたら報告しなければ!)


(4)

「おもしろいことがわかったぞ」



 宿に戻ったリオンがしらふで喋りだす。飲んだのはノンアルコールだったらしい。仕事中は飲まない。さすがリオン。それに比べて、マルカランはべろんべろん。まったくなにやってんだか。



「この町で薬膳料理を出している店のほとんどが、『トワカ』と呼ばれる伝説の職人のもとで学んだcookだということがわかった」

「私たち薬膳料理を食べたの、ね、みんな」



 「うん」と、おのおのうなずく。



「多分トワカのもとで学んだ弟子だろう」

「うん。あとね、そのcookから読むようにってすすめられて薬膳のこと少しは理解できたよ」

「そうか。それはよかった。それでなプローリア」

「うん」

「トワカはどうやら隠居してその姿をくらましてしまったらしいのだ」

「なんですって」

「うむ。トワカの居所は弟子たちならしっているはず。明日またその飲食店に行き、cookに聞いてみるといい」

「うん。わかった」

「正念場だな。プローリア」

「うん。みんなももうひとふんばり。がんばろうね」

「もちろんさ」

「誰に向かって言ってるわけ。当たり前でしょ」

「ろれつがまったくまわりませぬ」



 一人を除いて意気投合。


(5)

 翌日。

 リオンは王に会いに行くと言って、別行動。なにやら友好を結ぶ交渉のための有効な材料を手に入れたようだ。


 私たちはというと、「麻楼飯店」に行ったら休業していた。えっ、どういうこと。貼り紙を見る。



「急遽、閉店することになりました。長らくのご愛好まことにありがとうございました。

店主」


「そんな、急すぎるよ。いったいなにがおきたっていうの」



 そのときだった。



「これはこれはおそろいで」



 上から声がする。連なる家々の屋根の煙突の横に立つ一人の男の姿。



「あなたは、『ズトンダ』」

「名前を覚えられましたか。光栄だな。あなたのような美人に。今度よかったら食事でもどうですか。もちろん二人きりで、ね」

「あなた、それ。本気で言ってるの」

「なーんちゃって。冗談に決まってるだろ。それに」

「なんだっていうの」



 私は疑念の目をズトンダに向ける。



「この町のトワカの弟子たちの店は全て閉店したよ」

「なんですって!」

「残念だったな。薬膳料理に辿り着いたまではよかったがこれ以上うろちょろされると、こっちが困るんだよ。これでトワカの手がかりは途絶えた」

「ひどい。あなたには良心がないの。イザイラにあんなひどいことして」

「勘違いしてもらっては困るな。あれは、……おっと危ない口がすべるところだったよ。さあ、お嬢さん、どうする?打つ手なしだけど」

「くっ。卑怯な」

「それともぼくちんと本当にデートをする?」



 そう言ったあと、私の体を一瞥した。



「ふざけないで。誰がアンタなんかと」

「そう、言うと思った」



 ズトンダの言葉と同時に黒装束に囲まれた。



「マルカラン」



 マルカランは走った。助けを呼びに。



「追わなくていい。猫1匹どうってことない」



 ジェシカが応戦する。強いさすが。だけど……。



「はい。二丁上がり!」



 私とソシアはすぐにつかまった。



「女、動くな。二人がどうなってもいいのか」



 私とソシアは喉もとにダガーを突きつけられる。打つ手なし。



「ちっ。わかった。抵抗しない」



 ジェシカは剣を放り投げ、両手をあげた。すぐさま黒装束の手によって縄で縛られる。



「殺すなよ。その腕前だ。その女使える」



 その言葉を聞いて私の背中に悪寒が走る。まさかイザイラと同じ目にするつもりじゃ。



「卑怯者!私は料理コンテストには出ない。念書も書く。さあ、それでいいんでしょ。ジェシカを離しなさい」

「愚か者めが。もはや目的はそこではないわ。ステラの手紙を読んだのだろう」

「?!ど、どうしてそれを」

「気付かなかったか。封筒がなかったことに」



 そういえば、なかった。さらで挟んであった。



「イザイラを尾行してな。すでに手紙は我々の手で読んでいたのさ。しかしまた封筒に戻せば、一度開封したことがばれてしまう。それで便箋だけにしたというわけさ」

「ひどい、母の手紙を勝手に。私たちの思い出を勝手に」

「だまれ。能書きは聞きとうないわ。だが、肝心のレシピの場所がわからん。イザイラの奴、それだけはしっぽを出さなかった。直接聞こうにも逆暗示で手出しできん」

「卑怯者」

「なんとでもいえ。トワカの弟子は金で買収した。トワカの居所も時間の問題。あとはレシピの存在を知ったお前たちを抹消すればあの方もお喜びになるだろう」

「いったい誰のこと?」

「知る必要はない。さあ、ものども連れ去れ」

「くっ、私としたことが無念」

「やだよ、いや。離してよ。いやっだてば!」

「や、やめてー」



 私たちの断末魔と同時に、四川省兵が四方八方から現れた。その人数がはかりしれない。ズトンダに向かって弓矢や縄が投げ込まれる。


 煙突の影から、リオンが現れて、すぐにズドンダの後ろを取った。



「盗賊ども。見るがよい!頭領の首わが手中にあり!!」



 下の黒装束たちがひるむ。その隙をついた。四川省兵が、その数で黒装束たちを追い詰める。打つ手はもちろんない。逃げ道も。圧倒だった。



「間一髪。危なかったな」



 ズトンダをお縄にしたリオンが、上から私たちに声をかける。



「ええ。本当に」



 その声がリオンに届いたかはわからない。


(6)

 リオンによると、四川省王とは、トワカの隠居を撤回させることを条件に友好関係を結んだようだ。四川省国は豊潤な資金で軍備に力を入れている。街のいたるところに民たちを使い警備させている。その民たちから、不穏な情報あり、とたれこみがあり、兵が動いたという次第だ。


 ズトンダは誰かの命令で動いているようだと、リオンに伝えた。でもその後のリオンの話で、ズトンダも黒装束たちも暗示をかけられていて、肝心なことはわからないらしい。


 結局ズトンダは喋ろうとしても喋れないのだ。



じゃの道はへびだな」



 リオンはそう言って、ズトンダたちを捕らえたことでわかった情報を教えてくれた。



「金で買収したトワカの弟子たちからの情報によれば、トワカは湖の上に家を建てて住んでいるらしい。レジェンドの考えることはよくわからん」

「それで、その場所はどこ?」

「ここからさしては離れていない。誰でもわかる。人目のつく目と鼻の先だ」



 本当に……よくわからん。


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