古里
(1)
見渡す前方にテナス村が見える。
「あれがテナス村。プローリアのふるさとか」
「私も初めてお見かけします」
「ニャーンニャーン」
なんだかマルカランは喜んでいる。私はそうでもない。もう二度と来まいと思っていた。母はもういない。辛くなるだけだから。
「プローリアじゃないか。久し振りだな」
町長だった。
「町長。お久し振りです」
「1年振りかな。いったいどうしたんだい」
「ちょっと、家が見たくなって」
「……そうか。よかったら時間のあるときに家に寄りなさい」
「はい」
町長と別れ、私は自宅へと向かう。
(2)
家は、変わっていなかったが心なしか侘しく見える。住む人がいないということは家までも寂しくみせるものなのか。
応接間に仲間を待たせ、私は母の寝室へと向かう。本棚をあさる。目当てのそれはあった。
古び色あせた楽譜を手に取る。表紙に「エリマエル」とある。作曲家名はない。心なしか母の匂いを感じる。ページを一枚一枚丁寧にめくる。そこに母のぬくもりを感じ取る。楽譜の節々になにかペンシルで注意書きがしてある。母なりのひたむきな努力を感じる。
……そうして、最後のページに辿り着く。母の直筆だ。
「作曲 私の愛する無名の作曲家」
そこに便箋が挟まっていた。手に取り読む。
「プローリアへ
あなたがこの手紙を手にしているとき、私はもうあなたの側にはいないでしょう。無念です。
知ってのとおり、私は、罪人として処罰に問われ城に連れ去られました。罪状は、王と王妃の食した料理によろしくない混入物を入れたとの内容でした。二人の側にはそれぞれ、私が調理したご飯ものの器が裏返しになっていたからです。そのことが決定的な証拠となり、私の異議は受け入れられることはありませんでした。
私は牢にて処罰失効を待つ日々です。その中で、イザイラが私に良くしてくれました。できることはないかと。
私はイザイラに頼み、書と筆を用意してもらい、筆を取りました。あなたにこの手紙とレシピを託すために。
そしてイザイラに手紙とレシピを渡しました。あなたがロケットの写真の裏書に気付き、この手紙を読んでくれることを祈って。
プローリア。寂しい思いをしていませんか。それだけが心残りです。
あなたは今、どんな仕事をしているのでしょうか。好きな人はできたでしょうか。その人と結ばれているのでしょうか。
しあわせになってください。そして約束してください。私の無実を晴らすなどとおろかなことはしないと。イザイラにも伝えました。彼にも私のことは忘れ、自分のこれからのしあわせのために歩むようにと。
プローリア。母はいつでもあなたの側にいて、あなたのことを見守っています。
あなたのことを愛してやまない母 ステラ」
「おかあさん、おかあさん、おかあさん……」
何度も言った。自分の口に入ってくる液体でむせ返すまで何度も続いた。
(3)
楽譜を持って町の教会で「エリマエル」を弾いた。仲間たちはしんみりと聞き入っている。
母の命日は、1ヶ月後であったが、私は少し早い鎮魂歌を送る。
(4)
町長の家に行く。
「よく来たな。プローリア」
「はい」
「実はな。ここに呼んだのは他でもない。お前の家のことなんじゃ」
やはりそのことか。察しはついていた。
「住む人間がいないというのは、家を侘しくさせる。わしがいうことではないのかもしれないが、お前も今や王国cook。ここに戻ってきたのも何か理由があってのことだろう?」
「はい。母の遺品を片付けに」
「そうか。もう済んだのだな」
「はい。もう思い残すことはありません」
「そうか。決心がついたか」
「はい。母はもうここにはいませんから」
「そうだな。思い出は、プローリア。お前の心の中にある」
「はい」
「あの家は取り壊し、土地になる。いずれ新しい買い手がつくであろう。そして新しい家が建ち新しい住人が住む。そうして新しい歴史が始まるのだ。プローリアよ」
「はい」
「ここにおるのは、お前の仲間か?」
「はい。私の大切な友達です」
「大切にせいよ。そしてその者らと、新しい歴史を作るのだ。新しい場所で」
「はい。ありがとうございます。町長」
「もう二度と帰ってくるでないぞ。お前の帰る場所はここではないのだから」
「町長。お元気で。体に気をつけて」
「お前も。たっしゃでな。プローリア」
私たちは町長の家をあとにした。
王都コウリア国に無事帰還。帰りはもちろん伝説の森は通らず、別ルートで。
スファンとはまた違う王都の出で立ちと街並みにジェシカは驚いている。
ストワリーに会いに城の書物室に行く。目的は一つだ。
「ストワリー」
ドアを開けるなり私は、大急ぎで近付く。
「なんじゃ、騒々しい」
「ただいまー。手紙届いたでしょ。イザイラはどうなったの?直ったの?」
「なんじゃい。そのことかい」
「手紙にも書いてたでしょ。重要なことなのよ」
「ジェシカです」
「ニャー、ニャー、ニャんニャん(マルカランだぞ)」
「にぎやかなことじゃ」
私は手土産に、スファンで買った骨董品のつぼとドライフルーツのパイナップルとキュウイをテーブルの上に置く。
「おおー!これはまたなんと絶品な」
ストワリーはつぼにすりすり。ドライフルーツの入った袋を開封しようとしたところを、私がとめた。
「ちょっとまって。その前にストワリー」
「あー、はいはい。わかっておるわ。あわてなさんな」
ストワリーは表情を引き締めた。真顔になる。
「注射を打ちその成分を調べたところ、彼は毒に侵されておった。毒は、『ドクゼリ』。有毒の植物じゃ。手紙の読んだところで解釈すれば、おそらくつうき香というのは、このドクゼリを煎じて香にしてかがせておるのだろう。考えられるに、『セリ』と称して食べさせ、中毒者にしたてあげたのだろう。『セリ』は『ドクゼリ』によく似ておるからのう」
「ひどい」
「ああ。おそろしい奴らじゃ。そして一ついえることは、おそろしく植物の知識にたけている料理精通者であるということじゃ」
「そんな……」
「誰か心当たりがおありかな?」
「……ありません」
本当だった。少なくともcookの知り合いでそんな人は考えらないし、「ズトンダ」がcookか定かではない。
「ドクゼリに含まれる毒成分には意識障害があると効く。それを利用したのじゃろう」
「それでイザイラは?」
「案ずるな。もう大丈夫じゃ。毒成分さえ嗅がせなければ、あとは、利尿させて、毒素を出すだけじゃ」
「よかった。それで彼は今どこに?」
「リオン王子のもとで働いておる。会いに行ってやれ、それでじゃが……」
「はい。リオン王子のことだったら大丈夫よ。ありがとう」
「あ、これ。話は最後まできかんかいー!」
私たちは急ぎリオン王子のもとへ向かう。
(5)
「プローリアではないか。戻ってきていたのか」
「はい。リオン王子。ご無沙汰しております」
久し振りにみるリオン王子は相変わらずイケメンだったけど、
なぜか顔が険しい。
「イザイラ!」
私はリオン王子の横にいるイザイラに呼びかける。
「あなたは、プローリアさま。よかった。ご無事だったのですね。その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。それじゃもう大丈夫なのね。よかった。心配した。一時はどうなることかと」
「プローリアさま。大変恐縮です。わたくしなどにそのようなお言葉」
「私ね、古里に帰って母の手紙を読んだの。あなたのおかげよ。あなたが母を助けてくれたから。それで母のレシピはどこにあるの?」
「やめなさい。プローリア」
「え?!」
見れば、イザイラは頭を押さえ苦しんでいる。
「どうしたの?イザイラ。つうき香の呪縛から解放されたんじゃなかったの。ねえリオン王子。これはいったいどういうことですか?」
「見ての通りだ。確かにつうき香の呪縛からは解放された。しかし、そなたの母の話や……今の反応を見るからに、手紙やレシピといったなにかそなたの母に関わることを問いかけたり調べようとすると、苦しみだすのだ。そして……」
イザイラが、懐からナイフを取り出し、自らの喉もとに向ける。
「やめるのだ」
リオン王子の鞘が、するどい動きでイザイラの利き手を叩く。イザイラからナイフがこぼれ落ちた。
「逆暗示じゃよ」
奥から初老の白衣を着た男が現れた。私たちに近付きながら、眼鏡をずりあげる。
「紹介しよう。わがコウリア国きっての精神科医『ハイラ』だ」
「プローリアです。この子たちは……」
「ジェシカです」
「ソシアです」
「ニャー、ニャー、ニャんニャん」
「マルカランです」
私が補足する。みんな私が言う前に自己紹介を始めてくれた。息が合っているではないか。うれしい。
「それで逆暗示とは?」
「相手にかけられる暗示の種類がわかっているとき、その暗示がかけられる前に自分自身の手でかけてしまうのじゃ。そうすることで、その暗示による洗脳を回避することができる」
「……」
私は言葉にならない。リオン王子が変わりに代弁してくれる。
「つうき香の呪縛を解いてイザイラに話を聞いた。イザイラはそなたの母が処罰を受ける当日、彼女を救い出し、彼女とともに逃亡を図った。逃亡劇の末、王国の兵士が彼女を捕らえた。しかしイザイラは途中で、盗賊の手に落ちた。盗賊はイザイラに暗示をかけようとしたが、先のハイラの話のとおり、イザイラは逆暗示をかけている。肝心の情報が聞き出せないと判断した盗賊たちは、つうき香を使い、盗賊の逆スパイとして利用することを考え出した」
「さよう」
そう言って落ち着きはらい、ハイラは髭をさすった。
「プローリア。長旅ごくろうであった」
「私は、別に……」
「明日また王や王妃の前で詳しい話をしてほしい。さあ、長旅でつかれたであろう。宿をとっておく。今日は皆でゆっくり休みなさい」
「はい」
私たちは王国の中でも有数な宿屋に宿泊した。ソシアは喜んでいるし、ジェシカも顔に似合わず感情をむき出しにしている。
マルカランは、いつものかごの中。みんなでレストランで食事をして、私の部屋でガールズトークをして(ソシアは男だけど)ベッドにそれぞれ入った。そして私は一人考える。
そもそもは料理コンテストの出場から始まった私の個人的な事情なのだ。それがこんな壮大な話になるなんて誰が想像できただろうか。
そんなことを考えながら私は深い眠りに入った。




