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そして決闘

(1)

 ジェシカは家にいなかった。と、なれば行くべきところは一つだ。

 再びリアス式海岸に着いた。そこに見慣れぬ美しい高貴な方がいる。

「お前はダルス、ダルスではないか。心配したぞ」

「誰です?僕のことを知っているのですか?」

「なにを言っておるのだ。わらわはそなたの姉ではないか」

 姉。ダルスが言っていたお城の方。

「う、う」またダルスの頭が痛みだす。

「ダルス大丈夫?」

「ああ。目が覚めた。心配かけたな。プローリア」

「ダルス。記憶が戻ったのね」

「ああ。おかげさまでな。俺はこいつに用がある」

「姉をこいつ呼ばわりとは……ダルスよ。少々おいたがすぎますよ」

「プローリア。先にいってくれ。そしてジェシカを救ってやってくれ。あいつを救ってやれるのはお前だけだ」

「うん。わかった」

 女性の側を通る。女性は私に関心を示さない。私は断崖絶壁をくだる。


(2)

 ジェシカは、鳥骨鶏の足を取り、逆さにして、首にナイフを向けている。

「ジェシカ!やめて」

「あなたはいいわね。プローリア。いつだっていつも守ってくれる人がいて。私は、いつだって独りぼっち。お父さんをなくしてずっと独りぼっち。これからもずっと。……それもこれも全部この鳥骨鶏のせいなのよ」

「ちがう」

「黙れ」

 ジェシカがナイフを振り上げる。


(3)

「一足違いだったな。すでに鳥骨鶏の卵はわらわの手中にある」

「どうして。姉上がここに?」

「ジェシカと取引したのさ。父の汚名を晴らしてやるかわりに有精卵をくれとな」

「卑怯なまねを」

「この鳥骨鶏の有精卵には、通常にはみられないほど、多くのミネラルとたんぱく質を豊富に含んでおる。美容によくてな。わらわは美容に飢えておる」

「姉上。そのようにして私利私欲のために動いていったいなにになるのです。俺とて、コウリア国の王になるつもりはないのです。あなたのお力を借りずとも、王の座はリオンに譲るつもりです」

「たわけが。姉の気持ちがわからぬのか。リオンは母上が王と結婚してからもうけた子。私とお前にはなんの血の繋がりはないのじゃ。母上もお前を王にしたいはずじゃ。愛した人との子どもを、な」

「何度も同じことを言わせないでくれ。俺には興味がない。母上にそのように伝えるつもりだ。それに愛する者ができた。その娘と俺はしあわせになる。それでいい」

「まさか。さきほどの娘のことか」

「だったら、どうだっていうのさ」

「しれたこと。許せぬ」


(4)

「やめて」

 その声で振り返り、私たちは驚く。

「ソシア!あなたどうして?」

「そこに隠れてた。祈祷師のおばちゃんに聞いた。卵をジェシカが持ってきてくれたんだって。他の子もそれで助かったって」

「そうだったの。ジェシカあなた……」

「勘違いしないでよ。私はこいつらの子どもが見たくなかっただけよ」

「コケーィ、コケーィ」

 オスの鳥骨鶏が鳴いた。

「ちょっとまって。あの鳥骨鶏。なにかを私たちにうったえかけてる」

 指し示す場所を掘る。「これは?!」ブレスレットがあった。黄金おうごんに輝く。


「おとうさん……」ジェシカはこれを見てなにか思い出している。

「ジェシカ。おとうさんは王に仕える身だ」

「うん」

「遠い国にいってしばらく帰ってこれないことがあるかもしれない」

「ジェシカまってるよ。おとうさん帰ってくるまでまってるよ」

「ああ」

 いい子いい子された。

「ジェシカ。もうすぐ誕生日だね」

「うん」

「このブレスレットはね、有名な彫師にお願いして、彫ってもらったものだ。俺の名前が刻んである。今度はジェシカの名前を彫ってもらう。帰ってきたらジェシカにあげる。父からのプレゼントだ」

「ほんとに?約束だよ」

「ああ。約束だ」



「そ、それは……もしかして父の、ブレスレット」

「鳥骨鶏が大切に保管してくれてたのね。見てごらん。ジェシカ」

 ジェシカはプローリアに近付く。

「あなたの名前が彫ってある」

 ジェシカは手に取る。

 それは父の名の横にあった。ずっと一緒だよって。離れていてもずっと一緒だよって、そう思えた。

「ジェシカ。あなたはこの愛し合う鳥骨鶏を引き離すの?それじゃ、あなたたちと同じじゃない。この鳥骨鶏たちに、あなたと同じような気持ちにさせて。ジェシカ。本当にあなたそれで満足なの?」

「違う。私はただおとうさんと二人いっしょにいたかっただけなんだ」

 ジェシカは鳥骨鶏を離した。そのままオスに近付いて2匹はキスした。

「あらなかむつまじいこと」

 そうして、メスは新たな卵を産む。きっと有精卵だろう。今度は孵化ふかするのだ。新しい息吹が産声をあげるだろう。


(5)

 上にあがったら、おばばと町の子どもたちが待っていた。

「ジェシカ。お前が持ってきた卵で助かった命じゃ」

「ありがとう」

 5人の男の子たちから、言葉があった。

「ジェシカ。ほら見て御覧なさい。あなたは独りじゃないじゃない」

「えっ」

「だってこんなにもあなたの帰りを待ちわびてくれる人たちがいるんですもの」

「うん」

 そう言って、ジェシカは泣きながら笑った。下で、「コケーィ」と声が同時に聞こえる。それはソプラノとアルトだった。


(6)

 ダルスたちの姿がない。場所を移動したのか。急ぎ辺りを見回し探す。


(7)

「ダルス!」

 私はダルスたちを見つけ、声をかける。

「こっちにくるな!」

「ダルス。あなたはこの姉の邪魔をするのですか」

「お前は俺の姉ではない。姉は私利私欲にはしるような人ではない」

「なにを言うのです。全てはあなたを王にするため」

「私の知る姉上は美しくとてもやさしかった。今のあなたは別人だ。変わられてしまわれた。少なくとも今目の前で生まれようとする尊き命を奪うようなそんな人ではなかった。おとなしく卵を返してください」

 エメラルダから、卵を奪って私に投げる。

「プローリア。しっかり持ってろ。決してこいつに奪われるんじゃないぞ」

「うん。わかった」

「血迷ったか。ダルス」

 エメラルダは慌てふためく。

「食医になるということは、一国を預かるということは、やさしかった人格まで変えてしまうものなのですか」

「あなたにはわからないのです。いつ、新しい食医を迎えられるかわからぬ恐怖におびえ、王にへつらいこびを売り、自身に心をとどめておいてもらうことの大変さが」

「ならば俺は王にはならん」

「バカ者めが。己の立場をわきまえろ!」

 エメラルダが、手を振り上げた。

「や、やめてー。彼にダルスに外的ショックを与えないで」

 エメラルダがダルスに平手打ちした。

「フェー。なんだか真っ暗な牢獄から解放された気分だぜ」

 ダルスの顔つきが変わった。なんだか怖い。いつものあのやさしさが垣間見えない。

「ダルス。こっちを向いてよ。私のことがわからないの?」

「俺の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ。cookぶぜえが」

「あなたは誰」

「俺は王都コウリア国において次期王となる男。ダルス・アントクロ・アイルリッヒだ」

「お姉さま。いきましょう。私とともに、王になる手助けを」

「おお。弟よ。わかってくれましたか」

「ええ。あなたのおかげです。あなたが、ビンタをしてくれたおかげでね」

 そう言ってダルスは私に向かって、いやな含み笑いをした。

「返して。返してよ。あのやさしかったダルスを返してよ」

「さあ。いきましょう。エメラルダお姉さま」

「ええ」

 エメラルダが私を一瞥する。私は手の中の卵を決して離さない。

「まあ、よいわ。美しさを保つことなど、ほかにいかようにも手立てはある。そちにくれてやるわっ。それに……」

 エメラルダはダルスを見る。

「もっとすばらしいものが手に入ったわ」

 エメラルダは、ダルスの肩を抱き先をうながす。二人は去った。ダルスは私に見向きもせずに……。




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