策略
(1)
宿に隣接しているレストランで、私とイザイラは食事を摂る事にした。あまり食欲があるわけではないが、イザイラに、「体に毒ですよ」と諭されたのだ。
席に着いて、向かい合う。頼んだのは、野菜スティック・香草サラダ・コンソメスープ・キャロットソテー・ラスク・ダージリンティー。
「イザイラの手紙読んだ」
「ええ」
「さるお方っておかあさんのことよね?」
「ええ。おっしゃる通りです」
「やっぱり」
その言葉を聞いて私は感傷に浸る。
「私はあなた様に恩返しがしたいのです。それが亡くなられたお母様に対する私目のせめてもの償いです」
この人もきっと辛かったのだ。私と同じように。それを乗り越えて今がある。私は同じ気持ちを共有した気になり、さらに仲間意識が高まった。
(2)
先に部屋に戻るというイザイラを見送って、私は一人食後のダージリンティーを飲む。
(ソシア……お腹を空かしていないかしら)
そう思って、今日は早くベッドに入って寝ようと決めた。
(3)
部屋に戻ったら、手紙が置いてあった。読む。
「いつぞやは世話になったな。盗賊をこけにしたこと、その身に味わわせてやる。イザイラは預かった。一人で夜10時に、町の入り口に来い。案内人を出す。」
まさか?!つけられていたのか。
隣りのイザイラの部屋にノックする。声をかける。返事はない。ドアに鍵がかかっていない。部屋に入れば、やはりイザイラの姿はそこにはなかった。
(4)
「ついてこい」
案内人の男に言われ、私は後に続く。頭を布で巻き、腰にはナイフをさしている。砦は案内人がいなければ到底辿り着けないような、入り組んだ道程の先にあった。私に道順をおぼえさせないためにわざと遠回りしたのかもしれない。
砦の中に捕らわれのソシアがいた。腕と体に縄を縛られている。
「ソシア」
「プローリア姉ちゃん」
駆け寄ろうとしたら、案内人の男に腕をつかまれた。
ソシアの後ろから黒装束が現れて、ソシアの首元にナイフを当てる。
「やめて。ソシアはなにも関係ないでしょ」
「女。この子どもの命が欲しくば、言う通りにしてもらおうか」
「わかったわ」
案内人に前に押し出された。黒装束が紙とペンを投げ出す。
「そこに、念書を書け。料理コンテストには参加しません、とな」
「……いったいどういう?」
「だまって言う通りにしろ。子どもの命が惜しくはないのか」
「お姉ちゃん書いちゃ、だめだ」
「だまってろ!このっクソがき」暴れるソシアを押さえつける。
「やめて」私は念書を書いた。
「よし、こっちへよこせ」黒装束に念書を渡す。
「これさえ、手に入ればこっちのものだ、おい」
奥から、人影が……?!えっ。あなたはイザイラ。
「イザイラ」イザイラは私の呼びかけなどお構いなしにソシアを私のもとに突き放し、長い剣の切っ先を私たちに突きつける。
「万が一、このことがばれたら困るからな。臭い物には蓋、さ。あとは頼んだぞ、イザイラ」
「イザイラ。どういうこと?」
「どうもこうもない。俺はお前たちを殺す」
「はなからグルだったの。私をだましたのね。あなたはおかあさんを裏切るの」
「いったい誰のことを言っている」
「『ステラ』おかあさんのことよ」
「……ステラ。う、あ、頭が、いたい、やめろ。その名を口にするな」
「ステラおかあさんはあなたがお世話になった人でしょ。その恩返しをするために私を助けてくれたんじゃなかったの、イザイラ」
「そ、そうだ。私はイザイラ。あのお方の恩を返す」
「ち、『つうき香』が切れたか。おい、新しいつうき香を」案内人の方を向いたまさにその瞬間、イザイラは黒装束に切りかかる。すんでのところかわしたが、その面が割れた。勢いで念書が床に落ちた。
「あなたは」
「ちぃ」黒装束は再び面衣を直す。イザイラが襲い掛かる。黒装束は防戦。
「『ズトンダ』様。つうき香をお持ちしました」
「ばか。名前を呼ぶでない」
「あっ」
「もうよい。貸せ」
ズトンダが奪い取る。
「こやつの相手をせいっ!」
「はっ!」
イザイラの相手が変わる。その隙にズトンダが陶器の器をイザイラの顔の前に向けた。
「?!ん、ん、ん」イザイラが朦朧としている。剣を落とした。
「俺はいったい?」ズドンダが、イザイラの両肩をつかみ自分に向かせる。
「わしの目を見よ。お前の名はイザイラ。わしが主であり、お前は家来じゃ」
「イザイラ。だめー、そいつの言うこと聞いちゃ絶対にだめー!!」
「はい。俺はあなたの家来」
「よし。まずは、あの女と子どもを血祭りにあげろ」
「はい。おおせのとおりに」
イザイラの進行方向が、再び、私に変わる。
(5)
切っ先が私の首元にきた。そもそもかなうわけがない。私はただの調理場のcook。イザイラはプロの剣士。
「プローリア姉ちゃん」
「ソシア。ごめんね。巻き込んでしまって」
私は目をつぶった。
「死ね。娘。寂しくはない。すぐにこの者も後に続くゆえ」
イザイラの剣が上空に高くあがった。そして振りかざす。
「死ねー!!」
(6)
(……あれ?!私生きている。な、なんで?)
そっと目を開ける。そこには右手を斜め45度上空に上げて顔面蒼白で仁王立ちしているイザイラ。その手の剣ははるか後方。もう一つの剣とともに。
「何者」
「我らは王都コウリア国 盗賊討伐隊である。全員手をあげろ。この砦は完全に包囲した」
「ダルス……王子」兵の中心の前にいて、どうやら先陣を切ったらしい。このときばかりは、さすがの私もかっこいいと思ってしまった。
兵士がいっせいに入ってきて、イザイラは拘束された。奥にいた盗賊たちも次々と縄に縛られて出てきた。いつのまにかズドンダの姿はなかった。
(7)
「大丈夫だったか」
「ええ。おかげさまで、何とか」
私とダルス王子(見直したので)は、今、アスリアの町の宿屋の一室で落ち着いて話をしている。一晩明けて討伐隊は王都コウリアへと帰路した。ダルス王子は私の身を案じてひとまず残ってくれた。ソシアは隣りの部屋でまだぐっすり眠っている。それはそうだろう。あんなことがあったあとだ。なんだかんだいってソシアは11歳なのだ。
「ところでこの猫はなんだ?」
「マルカランっていって旅の途中で知り合ってついてきちゃったの」
お縄にされた盗賊たちといっしょに砦の奥から出てきたのだ。
きっとソシアのことが心配で側にいたのだろう。かわいい奴だ。「そうか。おもしろい奴だ」
そう言ってダルス王子は笑った。その笑った顔を見て私はいい顔するじゃんっ!て思う。
「それにしてもダルス王子。どうして砦の場所が」
「ああ。盗賊の残党がこの近くにいるとの情報があってな。前もってこの町に城の人間を潜伏させておいた」
「それはイザイラのこと」
「ああ。そうだ。でももう何人かいた。それはイザイラには知らせていなかったけど。王の命令でな」
そうか。イザイラが宿屋で私に言っていたこと……あながち嘘ではなかったんだ。
「イザイラの動きに不穏あり、との報告を前々から受けていた。それで尾行させていた。そして砦の場所がわかり無事に討伐できたというわけだ。まさかお前がいるとは思わなかったけどな」
「はい」
「……プローリア。いったい何があったんだ」
「私は母の手がかりを得るため、料理長に言ってお休みをいただいておる身です。イザイラさんは、母に生前お世話になったそうです。だから信用していたんですけど、どうやら操られていたようなのです」
「イザイラが!いったい誰に?」
「『ズトンダ』と。顔も見ました、が、知らない者です」
「何者だろうか」
「私に料理コンテストの参加をしないようにと、ソシアをだしに念書を書かされました」
「なんだと!」
「すんでのところ、念書は取り戻し、すでに破きました」
「なんということであろうか」
「二つわかったことがあります」
「なんだ。言ってみろ」
「一つは、私を新料理長にしたくないものがいること。二つ目は、イザイラは操られていたということです」
「……イザイラ。しかしいったいどのようにして?」
「『つうき香』というものをかがして操っておりました」
「そのようなものがあったのか。魔香の類であろうか」
「わかりません。でも私は許せません」
「気持ちはわかるが、もうやめるんだ」
「どうして。私一人が料理コンテストに参加しなければいいだけ。それなのに関係のないソシアやイザイラまで巻き込んで。私、犯人を絶対に許せない」
「もう、やめるんだ」
私は怒鳴られた。そして後ろから抱き締められた。
「ちょっと、ダルス王子、ちょ、や」
「心配なんだよ、お前のこと。もうこんな危険なことやめてくれ。昨夜だって俺が行かなかったらどうなっていたか。心配で心配でたまらなくなる。頼む、もうどこにも行かないでくれ」
「ダルス」
体をダルスの方に向き直されて見つめ合った。
「プローリア好きだ。愛してる」
そのまま彼の胸の中に抱き締められた。
(8)
翌朝。ロビーでソシア待っていたら、ダルスがきた。
「どうしても行くのか」
「ええ。もう決めたことですから」
「ならば俺もついていく」
「ちょっと王子。なにをおっしゃいますか」
「もう決めたことだから」
「……」
もう!勝手にしてください。




