母のペンダント
(1)
こんにちは。みなさん。ご機嫌いかがですか?私、教会に行ってきました。cookの仕事がお休みだったものですから気分転換に。今日はそのときのお話をいたしますわ。
教会にあるパイプオルガンに座り、私は曲を弾いた。誰でも弾けるお決まりのワルツだ。この後おこなわれる料理コンテストの課題発表を間近に控え、私の頭は混乱していた。新料理長のこと・ジュエッタのこと・そしてダルスのこと(どうでもいいんですけど)。頭の中を真っ白にしたくてピアノを弾きにきた。15分無我夢中で弾いて、ふたを閉めたら、唐突に母のことを思い出していた。
「プローリア。お誕生日おめでとう」
「ありがとう。おかあさん」
今日は私の誕生日。テーブルの上には花瓶に生けられた花束。
そして豪華絢爛な料理の数々が並んでいる。
「はい、これ。プレゼントよ」
「わお」
梱包された長方形の箱を受け取る。
「開けていい?」
「どうぞ」
赤いリボンをほどいて、小包を開ける。そこから美しいペンダントが出てきた。
「これって……」
「そうおかあさんが身に着けていたもの。あなたにあげるわ」
「えっ、いいの?」
「いいのよ。そのかわり大事にするのよ」
「うんわかった。大切にする」
母が近寄り、私につけてくれた
「よく似合っているわ」
「ありがとう」
「それはね、私の好きな人からの贈り物なの」
「どんな人?」
「そうね。やさしい人よ。私だけにじゃなく、いろんな人に平等に。そういうところにおかあさん惹かれたんだわ」
「へえー」
「まだ、cookとして新米だったころ、おかあさん仕事で失敗して、『もうお前は首だ!』って言われて中庭の池の前で泣いてたの。池のたゆとう水の流れを見てたらね。ああ、もういいかなって思っちゃって」
「……おかあさん」
「うん。それでね、同じ調理場のcook友だちがかばってくれてね。『「ステラ」だけの責任じゃありません。私にもチーフとしての管理責任があります』って。その子は私が言うのもなんだけど、次期料理長候補って噂されるくらい才能のある子だったの」
「すごいね」
「でも、私をかばったせいでチーフだったその子は降格してね。私、申し訳なくてね。たくさんあやまったわ。そしたらね。その友だちがこう言ったの。『またいちからやり直せばいいじゃない』って」
「うん」
「ああ。そうだなって。何度失敗したってまたいちからやり直せばいいんだって。それでね。また働きだして私はスープ担当に任命されて。友だちはまたチーフになって、……そんなとき恋をしたのよ。その人に。初恋だったわ」
「へえー」
「書物庫で本を選んでたら目当ての本が、本棚の一番上で届かなかったの。そしたら、後ろからそっと手が伸びて、『はいっ、どうぞ』って本を手渡してくれたの」
「わーお」
「うれしかったわ。ドキドキするくらい。とっても」
「それからお話するようになって、私が担当する料理には、おいしいとか、いまいちとか、もっとこんな材料を入れたほうがいいとかね」
「へーえ。ほめるだけじゃないんだね」
「うん。それで私の誕生日にプレゼントされたのが、そのペンダントってわけ」
「そんな大切な物。本当にもらっていいの?」
「好きで好きでどうしようもなく、好きだったのだけど、結ばれなかったの。私が持ってると辛くなっちゃうから」
床に就いてロケットを開けた。そこには母と私が笑顔で写る写真があった。私は母の思い出話を胸にペンダントを、ギュッと、その手に握り締めた。
「プローリア。朝よ。起きなさい。ほら、プローリア」
布団をまくしあげられて、私はいやいや目を開ける。「おはよう」と言われて、眠り眼で返事を返す。「ほにゃ」とか「うん」とか、そんな言葉。
台所の前の食卓についた。母が、パンとスープとミルクを用意する。
「おかあさん。今日遅くなるかもしれないから、そのときは、夕食作って食べるのよ」
「うん。一人でできるもん」
「おりこうさんね。そういうプローリア好きよ」
「好き」と言われて私は照れた。父はいない。前に、「おとうさんは」と訊いたら、「出稼ぎでしばらく家に帰ってこないの」と悲しい顔で言われた。訊く度に、悲しい顔をされるのでその内、訊くのをやめた。
でもある日、三月に一度の一週間だけ、母の顔と言葉節に高揚と高鳴りがあるのを、子どもながらに感じ取った。それは、「ごはん担当」のときだったのだと、cookとして働いている今になって、よくわかる。なぜなら、その週だけはお城で作った料理を家でも再現してくれるから。私の満足そうに食べる顔と、城で食べてもらった誰かの顔とを比べてる。そしてその料理は、「オムライス」。そして多分、誰かは父だ。
「プローリア。おいしい?」
「うん」
「そうよかった」
「おかあさん。このソースおいしいね。友だちに話したらね、まーくん家は、ケチャップなんだって。家は特別なんだね」
「そう。私が編み出した特製ソースなの。プローリアがもっと大きくなったら、教えてあげてもいいかな」
「ほんと?おかあさん、約束、ぜったい約束だからね」
「はいはい。残さず全部食べるのよ」
「はーい」
その秘伝のオムライスのレシピを伝授されるまえに母は遠いところへ行ってしまった。
(2)
「ドンドン」、「ドンドン」。凄まじいドアを叩く音がして、私と母は驚く。夜の9時だった。
「いったい何事です」
「城の使いの者です。『パトリシア』とイザイラと申します」
その名を聞いて母が開けると、兵士が二人、母に令状を叩き付けた。
「『ステラ』に告ぐ。そなたが作りし、料理で王と妃が倒れた。よって罪人として処罰する。まいられよ」
母の腕に縄が縛られた。
「なにかの間違いに決まってる。大丈夫。おかあさんきっと戻ってくるから。安心してまっていなさい」
ドアが閉まった。そして母は二度と戻ってはこなかった。
(3)
「……おかあさん」
私には、三つの後悔がある。一つは、オムライスのレシピを学ばなかったこと。二つは、母の無実を晴らせなかったこと。三つは、父が誰かを訊けなかったこと。
そして私は、発表される料理コンテストの課題を見に、中央公園へと歩を早める。




