兄弟対決 決着!!
(1)
「そろそろ終わりにしようか」
「何?!」
「本気を出すって言ってるんだよ。お兄様」
ダルスの剣のスピードが上がった。リオンは受けきれない。リオンの剣がダルスの剣の攻撃を吸収しきれず、手を離れて下に落ちる。そこへダルスの素早い剣技がリオンの両肩と両足の肉先をかすめる。すぐに血吹雪が起こる。
「ぐ、があー」
「経験の違いですよ。リオンお兄様」
「さあ、とどめです。お兄様」
一歩一歩リオンへと近付いていくダルス。リオンはかろうじて起き上がり、肩ひざをつく。
「お前に何があったかは知らない。お前が俺を殺したいというのなら、その願い聞き届けてやりたいと思う」
ダルスの距離が近付いてくる。
「だが、プローリアは譲れない」
ダルスの動きが止まった。
「何だと?!」
「プローリアは譲れないと言っているんだ」
リオンはもう一つの脇差しを抜いて、ダルスに向かって投げた。短剣は、ダルスの額をかすめた。ダルスは額を気にする。その隙を突いて、リオンはダルスに飛び掛り、馬乗りになった。
「俺はプローリアのことが好きだ。一生かけて守りたいと思っている。お前にその覚悟があるのか。愛する女を、プローリアを一生かけて守り抜くその覚悟がお前にはあるのか。え、どうなんだ答えろ、ダルス!」
「プローリアを、愛す……一生かけて守ると決めた。……俺は、俺は……」
ダルスが苦しみだした。それを見てリオンはダルスから、退き、ダルスの肩を振るう。
「おい、どうした。ダルス。しっかりしろ!いったいお前はどうしたというのだ」
「そう。俺の名はダルス。王都コウリア国の時期王となる男だー!!」
ダルスが手元に転がっていた剣を取り、起き上がった。
「やめろ、ダルス。俺はお前と争いたくはない」
「死ね。王子によく似た盗賊よ。お前はここで死ぬのだ。道中、盗賊に襲われ不慮の死を遂げたとな」
ダルスがリオンに向かって剣を向ける。その剣が、腰の辺りまできて、ダルスが中腰になる。そして瀕死でふらふらのリオンに突きの攻撃をしかけようとする。
(あの技は、まさか!ダルスの鍛錬に鍛錬を重ねた修行の賜物。このままではまずい!)
そう思うも、ダルスから受けた傷で体は思うように動かない。
(2)
プローリアは駆け足でトワカの住まいに向かう。辿り着き、ドアを開ける。そこにはエメラルダの姿があった。瀕死で横になるトワカの前に座している。トワカは目を閉じている。どうやら眠りについているようだ。
トワカ師匠の前にいるエメラルダがプローリアの方を振り返り、プローリアを見てほくそ笑む。
プローリアは、きりっと、睨み付ける。
「父の遺品の中に闇植物図鑑を見つけたの。亡き父は植物博士だったわ。あなた。『神農本草経』をご存知?」
「ええ。有名だわ。それに薬膳料理に携わるものなら。植物・動物・鉱物から薬になるもの365種類をまとめてある」
「そうね。でもね私の父はね。そこには載っていない植物を独自に発見・開発し、図鑑としてまとめたの」
「なんですって」
「『闇植物図鑑』父はそう読んでいたわ」
「闇植物図鑑」
「そう。私はそれを読み利用することを思いついたのよ」
(3)
気付けばダルスは、倒れていた。見れば、リオンは胸から血を流し倒れている。
(やったのか)
おれ自身もあいつの攻撃を受けて、すんでのところかわしたものの、衝撃で気絶していたのか。
自信の置かれた状況に納得したダルスは、剣についた血を振り払うと、鞘に収めた。
(急がねば。あの方のもとに)
ダルスは急ぎ歩き出す。
(4)
エメラルダは加齢とともに、徐々に王や旦那や家来の男たちから相手にされず、若い女性にしっぽをふるう男たちに気付く。エメラルダは永遠の美しさを手に入れるため、闇植物図鑑に載っていたある植物に目をつける。それは前例はない。それに足らない材料がある。それは「人ショ糖・人デンブン」人間を植物化し、光合成から得られるものだ。
エメラルダはみなしごのトールを利用し、闇植物図鑑より植物を食させる。そしてトワカ暗殺命令を下す。
そのとき、ドアが開いた。一同注目する。見ればダルスの姿がそこにあった。
「どうやらまだのようですな」
「おお。ダルス。リオンは殺したのか」
「はい。少々手こずりはしましたが、なんとか」
「そんな。嘘よ」
「そう思うのなら、行って確認してみるとよい。血を流した死体が転がっているよ」
「……そんな。嘘よ。あのリオンが。死ぬわけなんてない。嘘に決まってる。信じてたまるものですか!私は信じない。絶対に信じないからー!」
プローリアはその場で泣き崩れた。
「エメラルダ。もうやめるのじゃ」
「トワカ師匠」
プローリアは呼びかけた。トワカはゆっくりと起き上がる。そして、プローリアに頷いてから、エメラルダの顔を見る。その眼差しは熱い。たくさんの情念が入り混じっている。そんな目だった。
「師匠とは。これまた滑稽な。また証拠にもなく弟子をおとりになったのか。そして何の役にも立たない薬膳料理をまた教えるのですか」
「エメラルダ。これだけは言っておく。そなたの父は、病に倒れたのではない。魂を悪魔に売ってしまったのじゃ。薬膳では病は治せても心に巣食うてしもうた腫瘍は取り除くことはできない。エメラルダは父が道を踏み間違えたことと薬膳料理で治せなかったこととをはきちがえておる。あべこべにしているだけじゃ」
「だまれ」
エメラルダが恫喝した。
「もうよいわ。ダルス。このうるさいじじいをだまらせろ」
「御意」
「もはや。ここまでか。無念じゃ」
トワカはそっと目を閉じる。
「やめて。やめてよ。ダルスー!」
(5)
その10分前。
ダルスがリオンに向かって剣を向ける。その剣が、腰の辺りまできて、ダルスが中腰になる。そして瀕死でふらふらのリオンに突きの攻撃をしかけようとする。
そのときだった。突然ダルスは後頭部からの攻撃を受けてその場に崩れ落ちた。そこにジェシカの姿が。
「危なかったな。間一髪セーフといったところか」
「ああ。助かった。ありがとうジェシカ」
リオンは起き上がりダルスに近寄る。
「だが、やはり様子がおかしい。まるで別人と話をしているようだ」
「聞いたことがある。あるトラウマや精神的ショックを受けたとき、人はその状況から逃れるために、自らの人格を閉じ込めてしまうことがあると」
「なんと?!では今のダルスが」
「ああ。おそらくな」
「解決策はあるのか?」
「いや、残念ながら聞いたことはない」
「そんな。ではもうダルスは、昔のように戻ることはないのか。……このまま殺すしか……」
「落ち着け。早まるな。世界は広い。必ず治せる医師がいるはずだ。その医師に解決策を仰ぐんだ」
「そうだな。しかし意識を取り戻せばまた攻撃をしかけてくるだろう。どうする?」
「私にいい考えがある」
(6)
ダルスがトワカを殺そうとする。そのとき、ドアが開いてリオンが来た。
「リオン!」
プローリアがリオンに抱きついた。リオンがそれに応える。
「よかった。私、信じてた。あなたに限ってそんなことないって信じてた」
「心配をかけたな。プローリア。もう大丈夫だ」
両肩と両足に包帯を巻くぼろぼろの姿のリオンを見てプローリアは心配をする。
「大丈夫なの?その怪我」
「ああ。ジェシカに手当てしてもらった。あいつは戦場で場慣れしてる。こういうのもお手のものだ」
「よかった」
「ばかな!お前は死んだはず」
ダルスが幽霊を見る表情で言った。
「残念だったな、ダルス。死んだふりさ。俺の心臓からでていたのは、トマトジュースだ」
「クソが。ふざけたまねを」
ダルスが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「プローリア。トワカ氏は?」
「うん。大丈夫」
プローリアは、ダルスを見る。
「いったいどうしたのダルス。あなたまるで別人じゃない」
ダルスが動きが止める。プローリアの言葉でなのか定かではない。
「ダルス。あんたはスケベですぐ女の子に手を出す嫌な奴だけど、罪のない人を殺すようなまねだけはしなかった。それに……私の知ってるダルスは、自分の好きな女の子を泣かせるようなまねだけは絶対にしなかったよ。ねえ、いったいあのやさしかったダルスはいったいどこに行ってしまったの。私のことを守ってくれると言ったあのやさしかったダルスはどこにいってしまったの。ねえ、答えてダルス。お願いだから答えてよ」
プローリアはその目に涙を浮かべていた。そのプローリアの顔を見てもダルスは何の感情も示さず、嘲笑した。そして剣をトワカの胸に向けた。
「やめてー!!ダルス」「やめるんだ、ダルス!」
剣を振りかぶるダルス。トワカも覚悟を決める。
「よい。何もせずとも」
エメラルダが自らの声でダルスを止める。
「なぜ止める?」
ダルスが訝る。
「興がうせたわ。それにこんな老いぼれ一人殺したところでもはや何の得にもならぬ。それにのう。もはや『薬膳図鑑』は灰にしたわ」
「そうなのか」
「もはや用なしだ。そこの弟子も無念よのう。せっかく弟子入りしたのに、卒業できぬのだから。これでトワカの後継者は生まれぬ。『トワカ薬膳料理』の極意ここに潰える」
エメラルダは高々に笑い、ダルスと去る。左右に退いて道を開けるリオンとプローリア。
「待て。ダルス。エメラルダ食医」
リオンが叫び、追いかける。
「追わずともよい」
とトワカの一喝で、動きを止める。
「大丈夫じゃ。それでトールは?」
「残念ながら植物となり枯れました」
「……そうか。ならば行こう。今はトールの弔いが先じゃろう」
そう言ってトワカ師匠はプローリアたちを見た。プローリアたちもその視線を受ける。
(7)
仲間たちと枯れたトールの植物を土に埋めた。墓石を置き、それぞれ祈りを済ます。
「僕は忘れないから。君と過ごしたかけがえのない時間を」
「そうね」
プローリアは、ソシアをそっと抱き締めた。
「人の死はそこで終わりではない。またいつか生まれ変わり新しい人生がそこで始まるのじゃ。トールもまた新しい人生をいつか歩むじゃろうて」
「ええ。私もそう思います」
ジェシカが言った。
「トールの人生は決して無駄じゃなかったさ。現に我々に出会えたのだから」
「うん。そうね」
プローリアはそうリオンに言って、皆に笑顔を振りまいた。
(8)
「滝行はカモフラージュじゃ」
そう言って、トワカ師匠はソシアの肩を借りて、滝の中に入り消えた。なんと洞穴があったようです。
「木を隠すなら森の中、とな」
ソシアと戻ってきたトワカは、髭をさすった。手には書物をたずさえている。心なしか顔に笑顔が見られる。
「『新薬膳図鑑』じゃ。そなたを我が弟子と認め伝授いたす。受け取るがよい」
「はい。ありがたく頂戴いたします」
そして「新薬膳図鑑」を託されるプローリア。それは世の中の病を薬膳料理で救うというものだった。
「三つほど付け加えた。それはエメラルダも知らぬこと」
「プローリアよ。エメラルダは道を間違えた。お前は違う。
魂がある。仲間がいる。友達がいる。待っている人たちがいる。そしてお前のことを愛してくれた母がいる。決して道を踏み間違えるでないぞ」
「はい。師匠。肝に銘じます」
「急ぎ、戻り、友達の病を治しなさい。解決策はその本の中にある」
「はい。トワカ師匠……この度は真にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
プローリアはゆっくりと頭を下げた。感謝の分だけゆっくりと。そして頭を戻す。同じく感謝の分だけゆっくりと。




