2話 ゴーレム好きの日常
必殺技が失敗した要因は大きく分けて三つ。
動きの良さを追求したあまり、耐久性を削りすぎたこと。
生成時の魔力を節約するため、全体的な質を下げていること。
必殺技の威力設定に耐久性を考慮しなかったこと。
いっそ、必殺技を撃てなくすれば耐久性を上げるなり、更に速さを上げるなり、他の要素にも割けるのだが、必殺技はロマン! ロマンなくしてゴーレムは成立しないのだ。
葛藤である。なにか別の着眼点が必要だろうか。
「ウェントさ~ん。あさだよ~」
ガサガサ……。
もっと大きな魔法陣にすれば細かい部分にも書き込みができるようになるが、生成されるゴーレムもそれだけ大きなものになり、必要となる魔力量も増えてしまう。
「でもそれだと実験回数が激減するし、幾ら安い紙でもお金が掛かりすぎる。……紙を使わないで魔法陣が描ければなぁ」
「エ~ル~さ~ん!」
ガサガサ……。
堂々と部屋に踏み入ってきた少女によって俺の思考が乱されていく。床に敷かれた魔法陣がガサガサと蹴り分けられる度に、大切な考えが霧散していくのだ。
メモ! 考えが霧散しきる前にメモを!
「メモとる前に返事してよ。ほったらかしにするの?」
「あー。どうした……ケイト。部屋に戻ったんじゃないのか?」
「……なに言ってんの? わたしはちゃんと部屋に帰って、寝て、起きて、そんでここに来たの。もう朝なの」
そうか。どおりで明るくなってたわけだ。まだまだ朝は冷える……暖炉点けとけばよかった。
「また夜更かし? 相変わらず、すごい資料がいっぱい散らかってるねぇ。遺跡調査?」
「ま……まあな」
うそです。全部ゴーレムのための魔法陣です。ついでに言えば俺の全財産です。村長補佐としてのお金が入る度に紙を買い込むんです。
……ああ、そこ踏まないで。今度試そうとしてたやつだから。こら、勝手に見るなら元通りにしなさい。ほら今積まれてた順番が変わった。散らかってるようで実は歴史通りに並んでるんだから。そんな汚いものを摘まむみたいに持たないの。
「ぞくせいきごう? かいろ? 全然わかんないや。そんなことより、お母さんがスープ作ってくれてるよ。絶対、体冷やしてるからって」
「ん。……資料整理が終わってから行くよ」
「今きて、すぐきて、早くきて! この部屋片づけてたら夕ご飯になっちゃうから! また呼びに来させられるわたしの身にもなって! ……お母さんが怒るよ」
はい。すぐにいきます。今のケイト以上に怖いカーラさんの相手はムリです。はい。
低く小さな木造の家が規則正しく並ぶ中、フラウル村の村長の家は教会前広場に隣接しており、食糧庫を含めると村一番の大きな木造の建物となる。
俺は十歳の頃に、この村長の家に引き取られたのだ。
あの時から四年間も村長補佐として働いてきたのだが、街の町長補佐とは違って特に決まった役割はないらしく、村人たちの仕事を手伝ったり、孤児院で勉強したことを教会教室で村の子ども達に教えている毎日だ。
いたって平和で大した問題も起きないこの村では、本当に仕事が少ない。しかしカーラさんからは、少ないけど安定してお金を貰えているので、俺にとってはゴーレムを研究するのに最適な環境といえる。……いつかは恩を返したいな。
資料を軽く片付けて居間へ繋がる扉に手を掛けると、食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。
数種類の野菜が煮込まれた複雑な香り。それに混じっている香ばしいこれは肉! ベーコンの匂いに違いない!
腹を押さえながらぐっと扉を開くと更なる香りの奔流が押し寄せ、食材たちがグツグツ、ジュワジュワ、とハーモニーを奏でて出迎えてくれた。
徹夜明けの弱った体にとってはもはや暴力。誰がこの誘惑に抗えるのだろうか。いや、この星を創造せし六大賢者であろうと成せる技ではない。
「いいから早く入ってよ。わたしもお腹空いたんだよ~」
ケイトに急かされて居間に入ると、腹を空かせた二人をカーラさんが迎えてくれた。ふくよかな体にエプロンを纏ったカーラさんは俺たちを席に案内すると、すぐに朝食を皿に盛りつけてくれる。
ふくよかな人の料理って無条件でおいしいと思えるよな。なんでだろうな。そんなことカーラさんには聞けないけどな。
メニューは俺の鼻の予想通り、人参、葉物の入った胡椒の香る豆のスープ。それと、表面が未だぷつぷつと熱さを訴えてくるベーコン。更に、とろけたチーズがかかった茶色いパンまで用意してくれていた。
「熱いうちに食べな、体冷えてるだろう」
「ありがとうカーラさん。いただきます」
湯気の立つスープをスプーンに掬って、少し息で冷ましてから口へと運ぶ。すると、素材を生かすように塩胡椒の味付けだけがなされたシンプルな味わいの中に、複雑な野菜の旨味が広がってくる。それを飲み込むと体の中心からじわ~とした熱が染み渡って来て、心も体もほぐしていった。
たまらずにスプーンを置き、器を持って直接口へと火傷しないように少しずつ流し込む。クピッ、クピッ……。
「ほぉ~……」
「ほぉ~……」
「二人してなんてマヌケな顔で食べてるんだい」
うまい。あったかい。
スープのおかげで体が温まり始めたので、チーズのパンに手を伸ばした。醍醐味を楽しむためには、こちらにも早く手を出さなければならないのだ。もちろんそのまま、かぶりつく。
「み~ん」
「み~ん」
のび~る、のび~る。これが楽しい食事というものだ。
手に持っているパンで器用にチーズを巻き取りながら、噛めば噛むほどに食感が癖になる硬いパン生地を味わう。
さてさて、最後のお楽しみ。ベーコン様の番である。
王都などの大きな街とは違って食材の保存が難しい村などでは、肉は燻製にするか塩漬けにするかでしか長期保存はできない。家畜を持つ村にとって肉は売り物であることもあり、村に残される肉の量は決して多いとはいえないのだ。
そんな貴重な肉を出してくれるだなんて、太っ腹だよカーラさん。
「……ねぇお母さん。わたしのやつ、ウェントさんのと違う」
喜び勇んで肉に刃を向けたとき、非常に悲しげな少女の声が俺の手を止めた。
どうやらケイトの前にはベーコンがないみたいだ。ケイトが食べたことを忘れているわけでもないらしい。
「肉が貴重なことくらい、ケイトにだってわかるだろう。ウェントは休日も忙しく遺跡で働いてるんだ。……夜も眠れないほどに。ねぇ、ウェント」
ふてくされるケイトの横で、俺の胸には次々と何かが刺さってきた気がする。カーラさんの言葉のひとつひとつが的確に刺さってくるのだ。まさか、ゴーレム作りがバレているわけではあるまいな。
仕方なく、そっとベーコンを半分に切ってケイトの方へ寄せた。……渡さざるを得ないような気がしたのである。
「……!? ……いいの? 昨日も忙しかったんでしょう?」
いいよ。だからそれ以上俺の胸を刺さないでおくれ。無垢な視線が痛いのです。でも断じて、遺跡で遊んでるとは言えないんです。黙ってありがたく、いただいてください。
「ありがとう! えへへっ」
嬉しそうにベーコンを頬張るケイトの横顔に、俺の罪悪感は消化されていく。
なぜかそのあとは食事を終えるまで、カーラさんのニヤケ顔に見つめられ続けていた。
明るい日差しが目にしみる。休み明けはいつもこうだ。
「食べたら眠くなってきた」
「大丈夫なの? 今日はこれから教会教室で魔法を教えてくれるんでしょ? 小さい子たちは初めてだからって、楽しみにしてたんだよ?」
そうか。じゃあもうちょっと頑張らないとな。
「ん? ねぇ、あれなに?」
眩しそうに目を細めるケイトが、何かを示すように空を見上げている。あくびを噛み潰しながら澄み渡る空を同じように見上げてみると、確かに何かが空を飛んでいるようだ。涙の滲む目を擦ってよく見てみると、それはかなり大きいものと思われる。
「あ~。あれは竜騎士だよ、竜に乗れる騎士。最近はよく飛んでるぞ。今みたいに南に向かって飛んでいくんだ」
「ふ~ん。南でなにかあったのかな?」
竜騎士が頻繁に飛び交うなんて何かが起こっているとしか思えないが、今の俺には関係ないことだ。村が巻き込まれることもないだろう。
教会は村長の家を出たときから見えている、村で唯一の石造りの建築物だ。教会前広場には教会、村長の家、酒場がそれぞれ隣接しているのである。
教会前には二人のシスターが子供たちを出迎えるために外に出ていた。
「おはようございますシスター!」
「おはようございますケイトさん。それに、ウェントさんも」
「おはようございますシスターアンジェラ。シスターミレーナ」
白い修道服と帽子に身を包んだシスターは、ぱっと見ではあまり見分けがつかない。黄色い瞳の活発な方がシスターアンジェラで、緑の瞳でおどおどしている方がシスターミレーナだ。二人とも若くて顔立ちも似ているせいで、更にややこしい。
「今日は魔法の授業を手伝ってくださるということで、ありがとうございます。いつもと同じようにしていただいて構わないのですが、今日は初めて参加する子がいるのでよろしくお願いしますね」
「わかりました。では、いつも通りよろしくお願いします」
「さあさあ皆さん。今日は魔法の授業を手伝うために、ウェントさんが来てくださいましたよ」
シスターイザベラの大きな声で紹介を受けて子供たちに挨拶をすると、俺に慣れてくれている子供たちからも元気に挨拶を返してくれた。
その後、紙を配って殺菌の魔法陣の描き方と魔力を流し込むコツを教えるまでが、今日の授業の内容となる。
「……見ろよ。ウェントさんまた徹夜だぞ」
「ほんとだ。お休み明けはいつも眠そうだよね」
「徹夜でゴーレムなんか作ってるからでしょ」
殺菌の魔法は、生きていくためには必須の魔法だ。井戸や川の水が汚染されてしまうと、最悪、村の人たちが全滅しかねないので、定期的に井戸に魔法陣が描かれた布を被せて殺菌しているのだ。殺菌の魔法以外にも入浴や手洗いは六星教会から推奨されている。
「遺跡にもゴーレムを作るために行ってるんだろ?」
「おい。ケイトに聞こえるだろ」
「え!? まだケイト気づいてないのか」
「気づいてないのってケイトだけだよね」
「あとウェントさんもな。あれで隠してるつもりなのか?」
幼い頃から働き始めるために学校に通えない農民や職人の子供たちは、こうして教会で毎日短時間だけ開かれる教室に通って読み書きや算数、魔法の基礎を学ぶことも六星教会から義務づけられているのだ。
「それでは、前に張り出した紙の魔法陣を手元の紙に描き写してください。上級生は初めての子供たちにも教えてあげてくださいね」
教会教室で教えられる魔法陣は、ゴーレムの魔法陣に比べれば物凄く簡単な仕組みが描かれているだけのものだ。難しいところは火、水、風、土、雷の属性記号を覚えるくらいだし、回路の仕組みや呪文が理解できなくても単純な魔法陣ならば丸暗記できる。
魔法や魔法陣に大切なのは大事なのはイメージなのだ。具体的な結果さえ正確に思い浮かべられれば、細かい部分はどうにでもなるのだから。
少し教えればこの程度の行程はすぐに終わる。初めての子供たちも特に問題なく描けたようだった。あとは繰り返し土に描いていれば覚えられる。
「次は魔力を魔法陣に込める練習をいたします。まずはそのコツをひとりずつ教えますから、女の子はシスターアンジェラ、シスターミレーナへ。男の子はウェントさんのところへ並んでくださいね」
魔力の扱いというのは呪文や魔法陣などの知識とは違って、知ればできるようになるわけではない。初めて魔力を扱う場合はまず、自分の体内にある魔力を感じ取らせるための行程が必要になるのだが、多くの学校では手っ取り早い方法として他人に魔力を動かしてもらう方法が取られる。
これも一度経験してしまえば、あとは自分で上達させられるため、初めて教室に参加した子供たちだけに教えればいい。この授業の後は毎回幼い子供たちが魔力で遊び始めるので、ちゃんと見てあげなければならず、村の各地で呪文を真似て「うぬうぬ~」と言う子供たちが現れるのだ。
時間が掛からないように男女別に分かれればすぐに始まるのだが、いつも通りシスターミレーナが子供たちより緊張してる。それをシスターイザベラが荒療治するのもおなじみだ。
……俺も早く終わらせてしまおう。
「じゃあ、まずは――」
「はいはい。わたしですよ」
……なぜ前に並んでいる子供たちより頭ひとつ大きい女性の方が、俺のとこに参加しているのでしょうねぇ。
「面白いからに決まってるじゃん」
さあ、と手を差し伸べられても。後ろの幼い子供たちが困惑してるだろう。
「早くしないと。時間かかっちゃうから」
「ケイトが参加しなければもっと早く終わるんですけどねぇ……」
言っても聞かないから、ちゃっちゃと済ませよう。差し伸べられたケイトの手を取って、呪文を唱える。
「【アブソーブ(吸い取れ)】」
体内から強制的に魔力を吸い取られるのは、なんともくすぐったい感覚なのだ。身を捩りだしたケイトがくすっと笑みを零す。
「にひひひ……にゃはは……」
手を握られただけで笑い出したケイトを見た幼い子供たちが、更に微妙な表情をしてしまった。