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アステリアセージ ~冷鉄な双眸の前日譚~  作者: AOI〆T
第零章 プロローグ(新星暦992)
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1話 ゴーレム好きの休日



 木漏れ日に照らされた森の中の獣道。くすぐったい緑の香りが漂うなか、軽く息を弾ませて登っていく。足元を伝う根を慣れた要領で乗り越えつつ進み続けると、まるで俺を出迎えてくれるかのように徐々に道幅が広がってきた。


 陽が昇ると同時に村から歩き出して、二時間足らずでようやく目的の場所が見えてくる。

 蔦に覆われているせいで遠目からは全貌がわかりづらくなっているが、石の煉瓦が積み重なって形成された建物は創星期時代の遺跡だといわれている場所だ。正面には正式な入口だったと思われる場所があるのだが、ここは既に崩壊済みで立ち入れそうな隙間もない。そこから所々が崩れ落ちている壁を伝って歩いていくと、ぽっかりと壁が穴を開けた場所へ辿り着く。


 崩落によってできたこの隙間が現状、この遺跡への唯一の出入口だ。大小さまざまな瓦礫が足下を転がり、グラグラする足場を乗り越えて遺跡へと踏み入れる。


 森に入ってからようやくまともな足場へと出たのだが、今度は視界の方が悪くなってしまった。石畳が左右に長く続くこの場所は遺跡の廊下に当たるのだが、壁にできた隙間から微かに注ぐ光だけでは薄暗くかなり心許ない。そこで俺は手のひらを翳し、呪文を唱えた。


「【ライト(光よ)】……」


 手のひらの上に生成された光が、俺の周囲をふわふわと飛び回る。足下の少し先までしか照らせはしないが通い慣れた俺にはさほど問題にならない。光を頼りに、埃っぽい廊下を歩み始めた。

 その先、魔物の気配に警戒しながら幾つかの脇道を迷いなく進んでいくと、目的の部屋へと辿り着く。


(やっと着いた……毎週通うのも面倒なんだよな。馬でも飼ってみるか? ただの村の子どもには無理だよなぁ……)


 どうにもならないことは考えるだけ無駄だ。それよりも、目の前の幸せを噛みしめないと。と、逸る気持ちのままに遺跡には不釣り合いな金属で出来た扉を開け放つ。


 ……そこは数多くの魔道具が棚に並んだ部屋だった。


 初めてこの部屋に訪れた時は棚も魔道具も床に散乱した状態だった……。

 しかし! ここは間違いなく「魔道具の宝庫」そう呼ぶに相応しい場所であり、魔法学園の学者にとっては天国といえる古代魔道具の聖地であろう。


 今は失われてしまった創星期時代の技術が、なんと! この部屋にはゴロゴロと転がっていたのだ!


 時が流れるにつれて魔道具が劣化しているにしては、かなり状態は良いといえた。

 倒れた棚を持ち上げ魔道具たちを救出し、状態が酷い物は家へと持ち帰り数週間、時には数ヶ月かけてひとつひとつ修理。魔道具を解体しては古代の技術に打ち震えながら甦らせ、命を吹き返させた……。


「そしてついに完成! 俺の研究施設!!」


 俺の俺による俺のための俺だけの研究施設。ここまで到達するのにどれ程の時間が掛かったことか。しかしそんな苦労もようやく報われる時が来た。これからは更にこの古代技術を応用し、新たな境地を目指すのだ。全てはそう、


 ゴーレムのために!!


 さあでは早速始めようじゃないかゴーレム。今日は家で作成した魔法陣を持参したのだよゴーレム。


 この優良物件にはなんと! 魔法防壁付きの部屋が隣接しているのだ! なんて素晴らしい。まさにゴーレム天国!!


 その部屋は一見ただの無骨な石造りに見える何も置かれていない小部屋なのだが、なんと! 幾ら魔法をぶつけてもびくともしない造りとなっていた。……ゴーレムが間違って壁を殴った時には生き埋めになるかと思ったけど。さすが天国。古代人たちもこの部屋でゴーレムを作っていたに違いない。


 腰に提げていた筒から一枚目の紙に描かれた魔法陣を取り出し、そっと床に広げる。この複雑な円と記号を描いた魔法陣には折り目ひとつ、皺ひとつ付けてはならない。それだけで性能が落ちたり作動しなくなるからだ。


 ピタッと魔法陣に手を添えれば、ついに始まる至高の時間~。


「こい! ゴーレム!!」


 手のひらを伝って魔力を丁寧に注ぎ込むと魔法陣に描いた線が、記号が、ポワリと橙の光を放ち部屋全体を薄く照らし出す。流し込む魔力を徐々に増やしていくと光の強さも増していき、魔法陣の上に微細な砂の渦が舞い始めた。これがゴーレムには欠かせない地の属性記号が正常に作動している印でもある。

 砂の渦はみるみるうちに密度を高め、向こう側を見通すことができないほどに濃密になると、砂はその動きを変えてまとまりごとに集まりだす。


 さあ、来るぞゴーレム。来いゴーレム! 恋ゴーレム!!


 最後に魔法陣が砂の中に散り散りに溶け込めば、一層強い光と共にそいつは現れた。


『……我は偉大なるゴーレムなり!!』



※注 ゴーレムは言葉を話しません。それをふまえまして、主人公の脳内副音声と共にしばしお付き合いください。



 淡い光を纏って出現したのは重厚感のある人型ゴーレムだ。岩のブロックでできたゴツい腕を振り上げて、その力強さを盛大に見せつけてくれる。


「よくぞ現れたゴーレムよ。もう一体を出すまで少し待ちなさい」


『ゴゴー』


 次の一枚の魔法陣も、床に広げて魔力を通す。


『アイム、ゴーレム! イェーア!!』


 これで二体のゴーレムが出来上がった。この部屋の広さに合わせて俺の膝丈程度の大きさに調整したゴーレムは、並んで俺の指示をじっと待っている。新たに現れた人型ゴーレムは先程の岩で出来たゴツい感じとは違い、流線型で多少滑らかに動けることを意識した作りにしてみた。ちなみに、ゴツい土色の方がクスロシス。柔軟で青い方がフレクシスだ。……ゴーレムの名前ですが?


「よし。クスロシス、フレクシス。今からゴーレム闘技を行う。それぞれの長所を生かすように闘ってほしい」


『ゴゴー』


『イェーア!』


 ゴーレム闘技とは、世界各国で行われている闘技大会の一種だ。ゴーレム愛好家たちが広場に集まってそれぞれが持ち寄ったゴーレムを闘わせ、どのゴーレムが最も強いかを争う競技である。今、世界では熱烈なゴーレムブームが巻き起こっているのだ。


 数々の激戦の思い出に浸っている間にゴーレムたちを待たせてしまっていたようで、俺を見つめながらじっと待機している。かわいい。


「闘う際には部屋の中ならいくら暴れ回っても構わない。思う存分闘ってくれ」


 ようやく受けた指示に従って威勢良く距離を取り始めたクスロシスとフレクシスは、体の調子を確かめるように腕を回している。


『オマエのような軟弱な体では、我に掠り傷を付けることもできまい』


『貴様、オレ様の前にノックアウト! イェーア』


 うむ。お互いやる気に満ち溢れているようだな。


「では、これよりゴーレム闘技を開始する。第一試合……レディ……ゴーレム!」


 開始の合図と同時に飛び出したのは柔軟ゴーレム、フレクシスだ! 力強い走りで間合いを詰めていく。

 対するゴツいゴーレム、クスロシスは左右の幅広な腕を密着させて防御の構えを取った! お互いの利点を生かした見事な戦術。


『イェーア!!』


 フレクシスが走る勢いに加え、その柔軟性を遠心力に変えて殴りつけた! クスロシスは反動で大きくノックバック! 傷は与えられたのか!?


『……ゴッゴー。……効かぬな』


 なんと! 勢いの乗ったパンチはクスロシスの腕に傷ひとつ付けることができていない!!

 いやー、クスロシスの腕は体の中で最も高い装甲を誇りますからねー。これはフレクシスには分が悪いのではないでしょうか。


 どうするフレクシス! このままでは勝ち目が無いぞ!


『ふぅぅ……ハァー!!』


 おおっと! フレクシス、相手の腕に掴みかかった!! クスロシスの顔には若干の戸惑いが見られます!


『ゴッゴ?』


 体に捻りを加えたフレクシスの動きにクスロシスが踏鞴(たたら)を踏むぅ!


『ハッハァー!!』


 弧を描くように振られたクスロシスが壁に叩きつけられた!! 壁を背に逃げ場を失ったクスロシスがフレクシスの連撃を受ける!! 右! 左! フック!


『ゴ! ゴゴ! ウゴー……』


 何度も攻撃を受けるにつれて、クスロシスの体から石の破片が零れ落ち始めます。

 いやー、クスロシス。身動きが取れないようですねー。大方の予想を裏切り、このままフレクシスが押し切るのでしょうか。


 負けるなクスロシス! みんなの声援が聞こえるだろう!!


『……ゴー』


 負けるな負けるなクスロシス! 立て立てクスロシス!


『ゴッ……ゴォー……!』


『ふはー!?』


 出たあぁぁ!! クスロシスのシールドアタック!! よろめくフレクシスの隙を逃がすな!


『ゴォォ!!!』


 ショルダータックルだ!! 軽いフレクシスの体が大きく吹き飛ぶ!!


『は……ハァ……』


 いやー、今のは入りましたね。もはや勝敗が決まったのではないでしょうか。


 地面に伏したフレクシス。立ち上がれるのか!?


『は……』


 立て立てフレクシス! 負けるな負けるなフレクシス!


『は……っ!』


 おっと! 腕を突いたぞ。そのまま立て! 立ち上がるんだ!!


『はっはぁぁー!!』


 キタァァーー!!! 立ち上がったフレクシス!! まだだ、まだ終わっていない!!


『ゴッゴォォー!!』


 フレクシスの勇姿にクスロシスも応えている!!

 いやー、フレクシス、クスロシス、両者既に満身創痍。装甲もボロボロ、傷口からはぼんやりと魔力が漏れており、どちらが先に魔力切れで倒れてもおかしくはありません。


 睨み合う両者。最後に立っているのはどちらか。


『ゴォ!』


 ここでクスロシス。防御の構え!! 全力のフレクシスを見せつけろとの挑発だ!!


『はあぁぁ……!」』


 フレクシスの腰だめに拳を据えた構え! 間違いない。クスロシスの意思に全力で応えるつもりだ!!


 出る……! 出るのか! フレクシスの必殺技が!!


『ふぉぉ……』


 フレクシスの拳が真っ赤に燃える! 魔力が一点に集中して、装甲から溢れ出しているのだ!


 轟け!! 必殺!! 大いなる怒りの(マグニラス)(グヌスィア)!!!


『ふぅぅ……はああぁぁぁ!!!』


 拳が火を上げクスロシスに迫る!!


『ゴルル!!』


 フレクシスの拳が飛んだー!! 頭が! 胴体が!!


「ぬおぉぉ!! 壊れたああぁぁぁ!!」


 いいとこだったのにぃぃ……!! くおおぉぉぉ!!


 クスロシス呆然。動きの良さを追求するあまりに耐久性を犠牲にしすぎたか。


「ごめんよ、フレクシス、クスロシス。いいとこだったのにな……」


『ゴルゥ……』


 悲しげに佇むクスロシスの魔力を切った。さあ、欠点はわかった。すぐに改良して第二試合だ。次いこ、次。

 新たに白紙の紙を広げて、せっせと魔法陣の改良を行ってと再戦を繰り返す。


 そんな至高の時間は容易く過ぎ去っていくのであった。




「……さむいな。もう夜だろうか」


 もうすぐ夏を迎えようとしているとはいえ、光の差さない真っ暗な遺跡の部屋で独りきりでは寒い。できればずっと籠もっていたいが、さすがにここで夜は越せなかった。

 辺りにはゴーレムたちの成れの果てやら欠けた破片が散乱していてかなり埃っぽい。ジオラマとしては寂れた感じで超絶カッコイイのだが、散らかしたからには片づけなくては。


「【フィニテス・マギア(魔法を終えよ)】」


 この呪文を唱えると自らの魔力で生成したものを消すことができる。光は消さないようにイメージしないと、非常に危険な事態に繋がってしまう。


「また紙、買い付けないとな~」


 真っ暗な廊下を通り過ぎ、遺跡の外に出ると陽が大きく傾いていた。急いで帰らないとまたカーラさんに怒られる。……マグニラス・グヌスィア。こわい。


 山を降りて草原を川沿いに歩いていると、やがて景色は夕陽に照らされたコガネ色の麦畑へと変わる。


「やあウェントさん。今日もゴーレ……遺跡調査、ですか?」


「こんばんは神父さん。今日も捗りましたよ」


 薄手の作業着を着ているが、彼はうちの村の神父さんだ。村の農業を手伝ってくれていて、もうすぐ収穫が始まる麦畑の様子を見に来ているらしい。


「村総手で収穫を終えたら、また宴ですね」


「ええ。賑やかになりますね。私もシスターたちと踊りを披露させていただきますよ」


 教会前の広場で行う宴や踊りは、娯楽の少ない村にとっては大切な行事なのだ。種を植えては宴、収穫しては宴、冬が開けては宴、年中宴。実に楽しい村である。


「ウェントさぁーん!」


 幼い声を上げて村の方から駆けてくるのは、麦畑と同じ色の髪をしたケイト。孤児だった俺を引き取ってくれた村長カーラさん宅の娘だ。もう十二歳になるというのに、まだまだ子供らしい仕草が抜けていないと言われている。


「おかえり、ウェントさん。今日も遺跡調査? あんまり遅いとお母さんがご飯抜きにするってさ」


「ただいまケイト。じゃあ早く帰らないとな。昼も食べてないから、お腹空いたよ」


 ゴーレムを作りすぎて魔力も底を尽きかけだ。しかし、あくまでも遺跡には調査に行っていることにしている。なぜかゴーレム研究は遊びの範疇に捉えられることが多いからだ。心外である。




 こうして俺の休日は、ゴーレムに注がれていくのであった。



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