第13話 記憶と持病
帰りの車内では何事もなく、無事帰ってきた。
「優衣、大丈夫?」
「…うちは平気やで」
大丈夫じゃなかった。
「ちょっと水買うてくるわ」
「優衣、関西弁出てるよ」
「ほ、ホンマ?」
「出てる、現在進行形で」
最近気づいたんだけど、優衣は時々関西弁が出る。
何がトリガーになるかまではわからないけど…
「ちょ…ちょっと待って今直す」
「無理に直さなくてもいいんじゃない?そのままでも可愛いし」
「でも、こっち来たら標準語に直そうと思ってたから…その…」
恥ずかしそうに目を伏せる優衣。
「と、とにかく水買ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
優衣が売店に向かう。
優衣の姿が見えなくなった途端、激しい目眩に襲われた。
あたしみたいに強い力を持つ天使には持病がある。
時々、強い目眩と人間では耐えられないほどの高熱が出て、まともに歩けなくなってしまう。
ただ、原因もわかってないから治療もできないし、特効薬も無いから収まるのを待つしかない。
少しベンチに座って…やす…まなきゃ。
「お待た…せ!?六華大丈夫?」
「ごめん、ちょっと…大丈夫…じゃない…かも」
「救急車呼ぶ?」
「いや、いい。このまま優衣の家行って横になれば大丈夫だから」
「じゃあ、早く帰ろうよ」
と言いながら背中を差し出す優衣。
「ありがとう。背中に吐いたらごめん」
「気にしないで良いよ、どうせもう家帰るだけだから」
「うん、でもなるたけ吐かないようにするから」
「そう?じゃあ少し我慢してて」
「うん、わかった」
優衣の背中はすごく寝心地が良かった。
そのお陰で夢を見るほど深く眠ってしまった。
*****
これは優衣の記憶?
「優衣、体大丈夫?」
優衣がベッドで横になっている。
「まだ、痛い。産むってこんな大変なんだね。ありがとうお母さん」
「…う、うん」
優衣のお母さんが困惑しながら答えた
でもなんで?
養子っていうのはホントなのかな?
そこに智輝さんが来た。
「智美さん、ちょっとお話いいですか?」
「ええ、良いですよ。優衣、お母さんちょっと話してくるから」
「うん、わかった」
お母さんと智輝さんが退室した。
退室するとき智輝さんのカバンから写真らしきものが落ちた。
「あれ?兄さん写真落としてってる、なんだろう?」
写真を見ると、子どもが2人写っていた。
自分は分かったけど隣は誰だろう?
「これ、私?隣は…天人さん?なんで?」
え、優衣なの?あたしの推測はやっぱり当たり?
「優衣、写真落ちてなかった…か!」
「兄さん、これ何?」
「優衣、あのな?これは…」
智輝さんはだいぶ動揺してる。
「裏に書いてあるこれはどういう意味?」
写真の裏にメモ書きみたいなのがあって、そこにはコード01、02と書いてありその下に名前も書いてあった。
天人 六華
優衣
恐らくこれはただの夢じゃなくて優衣の記憶で、あたしと優衣は本当に生き別れた双子ってことになるのかも
しれない。
「それは…」
それは?
*****
肝心なとこで目が覚めた。
「六華、家着いたよ?」
起きたら優衣の家に着いていた。
「うん、ありがとう」
「それって、病気なの?」
「まぁ、天使特有の病気ってところかな。高熱と吐き気と目眩がするの」
「大変なんだね、高熱ってどれくらい?」
「平均45℃くらいだったかな?」
「45℃って普通の体温計じゃ測れないよね?」
「そう、だから特殊な体温計じゃないと測れないんだよね」
「特殊な体温計か…ちょっと待ってて」
そういって救急箱を持ってくる優衣。
「これ60℃まで測れるんだけど、これで大丈夫かな?」
優衣が持ってきたのは家にあるやつと同じだった。
でもなんで優衣の家にあるんだろう?
まぁいいかとりあえず熱測ろう。
「うん、それで大丈夫。ありがとう」
この体温計は1分半くらいで測り終わる。
1分半後
「何これ…」
「どれどれ…うわっ!こんな体温見たことないよ」
そこに表示されたのは51℃という途轍もない数字だった。
「はぁ、記録更新か…」
「最高いくつ?」
「45℃」
「そんなに!?私じゃ絶対耐えられない」
「だろうね」
「ねぇ、おでこ触ってもいい?」
「ふっ、俺に触ると火傷するぜ」
煽りじゃなくて本当に。
「ちょっとー何言ってんの?もうー」
と笑う優衣。
「なんかごめん。こんなセリフしか出てこなかった」
「そっかそっか。ねぇ、1つ実験してもいい?」
「それって、この体温でお湯が沸くか、とか、額に卵を割って目玉焼きができるか、とかでしょ?」
「すっごーい!なんでわかったの?」
「実はあたしも試したことあるから」
「そうなんだ、で結果は?」
「どっちも無理」
「そっかー。よく考えれば六華のおでこじゃどっちも乗らないか」
「結論はそれなんだよね。よく考えればどっちも乗らないじゃん…みたいな?」
まぁ、よく考えなくてもわかりそうなことだけどね?
「さて、涼くんに電話しよ」
「なぜに?」
「んー、彼女のピンチに颯爽と現れる白馬の王子様的な?」
「優衣は乙女だなー」
「それ…褒めてる?」
「褒めてるよ」
「まぁ、いいけど」
そういいながら電話をする優衣。
「もしもし、涼くん?」
ホントにかけてるし。
「今日ヒマ?そっかーヒマか、じゃあ家来る?」
あたしも近くに行って会話を聞く。
『急にどうした?』
「六華が熱出ちゃって今家でゆっくりしてるんだけど、涼くんも来てくれないかなぁって思って…さ?」
『あいつ、熱出したのか。風邪?』
「ううん、天使特有の病気だって」
『そうなんだ…六華に代われる?』
「いいよ。六華、涼くんが代わって欲しいって」
「…もしもし?」
『六華、大丈夫か?』
「あんま大丈夫じゃないかな?」
ホントは全然大丈夫じゃない。
『そっか、様子見に行きたいんだけど家の用事があるからなー』
「そうなんだ、でも大丈夫だよ」
『悪いな、体気を付けてな』
「うん、わかった」
『優衣に代わってくれ』
「わかった。優衣代わってだって」
あたしは優衣に携帯を渡した。
「代わったよ」
『悪いけど六華の事よろしく頼む』
「わかったよ。じゃ、また学校で」
『うん、またな』
電話が切れる。
「というわけで、私は買い物でもしてこようかな。お留守番頼める?」
「いいよ。いってらっしゃい」
「ありがとう。なんか買ってこようか?」
「そうだな…じゃあスポドリとみかんゼリー買ってきてもらおうかな」
「わかった。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
優衣が家を出た。
この間ヒマだなー。
とりあえずタバコ吸うか。
タバコに火をつけ、あの夢の事を考えた。
あれってやっぱり夢だけど夢じゃなくて優衣の過去だよね…あの子の背中で寝たからあの夢を見たって感じだ
けど…つまり天使同士の記憶共有ってことになるんだけど、でも天使同士じゃないと記憶の共有って出来ない筈
だよね?なんでなんだろう。
やっぱりあの子も天使で…
この姫宮の家とは血縁関係は無くて…
もし仮にそうだとすると電車の中で言われてたことも納得できる。
養子だってことを気にしているのか、それとも自分が天使だという事実を嫌がっているのか…
もし天使が嫌いなら、あたし一緒にいていいのかな…って考えすぎか。
仮にもしそうならなんであたしに告白してきたのかってことになるでしょ?
いや、待てよ?
あの時は自分が天使だってことを知らなくて、最近知ったってことなら、もしかして…考えすぎだな。
おい、いつものあたしはどこ行ったんだ?あの子に限ってそんなことは無いでしょ?こんなあたしを好きって
言ってくれたんだし、大丈夫だよ。
もういいや、うじうじ考えるのは止めた。
だって考えたってしょうがないじゃない、気になるんだったら直接本人に聞けばいい、まだ時機じゃないだけ、
いつか向こうから話してくれる日を待とう。
それに天使って確定したわけじゃないし、養子って話も根も葉もない噂だろうし、なにより智輝さんともか姉を
見ればわかることじゃないか、あの子はちゃんと姫宮の人間だ。
ただ…この件に関しては自己解決したけど、1つ気になる…優衣の両親はどこだ?
本人は基本仕事でいないって言ってたけど、なんか引っかかる。
病院の封筒の件もあるし…あの封筒が優衣本人に関するものじゃなくて、親のどっちかあるいは両方に関するもの
だったら…まぁ、これもあたしが考えてもしょうがないことか。
優衣、早く帰ってこないかなぁ。
*****
いつの間にか眠ってたらしい。
時計は夕方6時を示してた。
優衣の姿を探すとキッチンで料理をしていた。
「あぁ六華おはよ」
「あたし結構な時間寝てたみたいね」
「うん、帰ったらあまりにも気持ちよさそうに寝てたから起こせなかったよ」
「そうだったか、ふわぁー」
大きくあくびをする。
「今、夕飯の準備してるけど食べられそう?」
「大丈夫だよ。何作ってるの?」
「チーズリゾットだよ」
「あぁ、通りで良い匂いがすると思った」
そこでお腹が鳴った。
「あれれー?かわいいお腹の虫はどこかな?」
「だって、寝てたからお昼食べてないし…ねぇ?」
「あはは、そうだよね、ごめんねー」
笑いながら言う優衣。
「夕飯出来たけど、もう食べる?」
「食べる」
「じゃあ、夕飯食べちゃおっか」
優衣はダイニングテーブルに料理を並べてく。
「じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
やっぱり優衣の作る料理は美味しい。
このチーズリゾットはすごく独特な感じがする。
何と言うか…和風な感じがする。
「優衣、これって和風?」
「そう、普通のじゃつまらないなって思って和風にしてみたんだけど、どう?」
「そうなんだ。おいしいよ」
「そう?良かったー」
「こんどレシピ教えて?」
「もちろんいいよ」
「やった、ありがとう」
「これで涼くんも今以上にメロメロかなぁ?」
「もう、優衣ったらー」
昼間考えてたことはやっぱ考えすぎだったみたい。
食事が終わって2人で洗い物をする。
「ねぇ、優衣」
「何?」
「両親の事聞いてもいい?」
一瞬優衣の手が止まった。
「どうして?」
「いや、いつも居ないから気になって…さ?」
「…出張だよ、それも長期」
「ホントに?」
優衣は答えない。
やっぱ言いたくない事情があるのか…
「…ごめん六華、その…あんま踏み込んでほしくない…かな…」
「そう…こっちこそごめん…その…変なこと聞いて」
「ううん、いいの」
2人の間に沈黙が流れる。
「そういえば、六華はお風呂どうするの?」
「入れる体調じゃないかなぁ。だから体拭いてもらえると助かる」
「いいよ。今準備してくるから」
「うん、お願い」
優衣はお風呂場へ行った。
「準備できたけど、お風呂場でやる?リビングでやる?」
「出来ればリビングで」
「わかった。今一式持ってくるね」
そう言って再度お風呂場へ行く優衣。
「さぁ、体拭くから脱いで」
「うん、よろしく」
「さぁてと、どっから拭こうかなぁ?」
「そこはお任せしますとしか」
「じゃあ、背中からやるね」
なんか気持ちよくて寝そう。
「六華?寝てるの?」
「…いや?お…起きてるよ?」
「ホントに?」
「ホントだよー」
「口元によだれの跡があるけど、なにかなぁ」
なぬ!どれどれ…ホントだ、恥ずかしい。
「すいません、少し寝てました」
「まぁ、別にいいけどね。そんなに気持ちよかった?」
「うん、力加減が絶妙」
「そう?それなら良かった」
ニコッと笑う優衣。
「髪はどうする?」
「髪は…いいや」
「じゃあ、これで終わりだね」
「ありがとう」
「私、お風呂入ってくるからちょっと待ってて。なんなら私のベッドで寝てていいから」
「はーい」
とは言えどうしよっか。
まぁとりあえずリビングでテレビでも見て待つとしよう。
ふとテーブルの上に置いてあった封筒に目がいった。
送り主は…この前と一緒で病院からだった。
あたしは罪悪感を感じたが、自分の好奇心を抑えられなかった。
「優衣、ごめん」
中に入っていたのはただの請求書だった。
「請求書…だけか」
他には何も入ってなかった。
とそこに。
「六華ー」
急に呼ばれてびっくりした。
「はーい」
「ごめん、タオル持ってきて、ピンクのやつ」
「わかった、今行く」
さて、封筒は元に戻してっと。
ピンクのタオル…これかな?
「お待たせ、これでいいの?」
「そう、ありがとう」
「先に優衣の部屋行ってるから」
「うん、髪乾かしたら行くから」
「わかった」
あたしはお風呂場を後にし、優衣の部屋へ。
部屋に入ってすぐにベッドへと潜り込んだ。
「はぁ、落ち着く」
優衣のニオイがするここはあたしのお気に入りの場所。
「六華?またベッドか」
「うん」
「そんなに好き?」
「うん、ここ落ち着く」
「そっか、私も入るから少しずれて」
「うん」
「もう寝る?」
「今良い感じに眠い…」
「じゃあ、電気消すね」
「お願い」
「六華、おやすみのチューは?」
あたしは無言で唇を差し出す。
「おやすみ」
「…おやすみ」
こうしてあたしと優衣の波乱の2日間は終わった。