紡ぐのは、未来への道標(番外編)
『まやかしだって別にいいじゃん。夢だって、信じ続けて先に進めば、いつかは真実になるじゃんね。』
毎朝のように聞いてるけどまったく聞き慣れないし好きになれない目覚ましのアラームを止めて、ごろんと寝返りをうった。いつもならバンドの練習がある日はそれだけでハイテンションなんだけど、今日はちょっぴりユーウツ。あー、進路相談嫌だなー……。
「天音ちゃん、そろそろ起きて朝御飯食べないと。また遅刻しちゃうわよ?」
「ん~……、まだ眠い……。」
お姉ちゃんに軽く揺すられるのを拒んで布団に潜り込むけど、『今朝は天音ちゃんの大好きなハニートーストですよ』と笑いながら言われて顔をあげる。
確かに、はちみつの甘~い香りと、あと、ちょっぴりだけ混ざっているシナモンの香りが堪らない!
「トースト食べたい‼」
「はいはい。じゃあ、お顔を洗っていらっしゃい。」
「はーい!」
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「美味しかった~っ!流石お姉ちゃん、シナモンの加減が絶妙!!」
「ふふ、喜んでもらえて良かったわ。ところで天音ちゃん、時間は大丈夫なの?」
お姉ちゃんが食器を下げながらチラリと時計を見てそう聞いてきたけど、今朝は大丈夫なのだ。何故なら私は三年生だから‼
「大丈夫だよ~、三年生もう授業ほぼ無いし、ほとんど自由登校だから。今日もバンドの練習があるから行くだけだし。」
「あぁ、高校生ともなるとそうよねぇ。」
でもまぁ、そろそろ行かないと練習時間が無くなっちゃうかな。
『ふふふっ』なんて上品に笑うお姉ちゃんからお弁当を受け取って、玄関に置いてたギターを持って飛び出した。
「行ってきまーす!!」
「はーい、行ってらっしゃい。車や自転車に気を付けてね?」
「わかったーっ!」
「あら、大変。天音ちゃんったら進路調査表忘れていっちゃったわ。」
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「や、やっと終わった……!」
もーっ、プリント忘れた位でお説教長すぎ!!もう絶対皆待ってるよーっ!
「ごめん、お待たせっ!」
「おー天音、遅かったな~。」
「大方進路調査表忘れて担任から説教貰ってたんだろ。」
バレてる!!!!
『弾き方教えてくれっつーから予備のピック持ってきたのに』なんて言いながらチューニングをしてる黒芭と、楽譜を片手に『譜の読み方も覚えないとなぁ』なんて笑うもっちー。
ってあれ?二人だけ!?
「ねぇ、他の皆は?」
「それぞれ受験で忙しいみたいだぜ、顔だけだして帰ってった。」
「えーっ、そんなぁ……。」
「まぁまぁ、拗ねたって仕方ないだろ。俺達も練習したら帰ろう。」
がっくりと落とした肩に背中から手を置いてきたもっちーが、よしよしともう片方の手で頭を撫でてくれる。流石もっちー、優しい!!
「おい望月!甘やかすなよ、本人の為になんねーぞ!」
「何だよ、これくらい良いだろ?」
もっちーの手を掴んだ黒芭が、『いいからお前も支度しろ!』なんて頭を叩いてくる。
「いたっ!もーっ、わかったよ~、すぐ準備するから‼」
全く、真面目なんだから~。
「ーー……。」
地味に痛かったのでやり返してやろうと思ったけど、ベースを持って楽譜と向き合う真剣な横顔に免じて、許してあげることにした。
私は黒芭と違って関大……あれ、寛大?どっちだっけ、まぁいいか。とにかく、私は心が広いのだ!
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「ゆ、指が……っ!」
「あー、初めは痛くなるだろうなぁ。豆も潰れるし。」
「これが噂に聞く、ギタリスト&ベーシストに待つ第一の試練……!」
たったの2時間位しか触ってないのに、もう指先に豆が出来始めてとにかく痛い‼強い力で弦を押さえてたから関節もなんか変に固まってる気がするし……。
「う~……、これお風呂の時とか滲みそうだなぁ。」
「最初は誰でもそんなもんだ、続けてれば大丈夫になるから我慢しろ。」
「ーっ!」
黒芭のその言葉に、筋肉痛でプルプルしつつもギターをしまおうと動いていた手が止まった。
私が固まったのに気づいて、もっちが『どうかしたか?』なんて顔を覗き込んでくる。
「……ねぇ、二人にちょっと聞きたいんだけど!!」
息がかかりそうな位の近さで目の前に来たもっちーの顔を両手で挟んで勢いよく立ち上がって。ビックリしたように私から離れたもっちーと、唖然としてこっちを見てる黒芭に向き直った。
あ、もっちーの頬っぺた赤くなってる。痛かったかな?ごめんね、つい勢いがついちゃって。
「……今さらお前の行動を予測しようなんて無謀なことは思っちゃいないが、今日は何を思い付いたんだ?」
「ちょっ、黒芭酷い!!これでも真剣に話してるのに!」
「……へぇ、珍しいな。何かあったのか?」
最初こそ呆れた顔でなあなあに対応してた黒芭だけど、私の言葉を聞いてちょっと心配そうな顔になって真面目に聞く体制になってくれた。
ーー……いっつも割りと一人でいてクールな感じだけど、実は面倒見がよくて情に厚いよね。だから、黒芭のそばはなんか居心地いいんだ。ちょっと悔しいから本人には言ってあげないけど!
「黒芭ともっちーは、これからの進路とか考えてるの?音楽は続ける??それとも他になんか夢とかあったりするの!?」
両手をぶんぶん振り回しながら捲し立てる私に二、三歩後ずさりつつ、黒芭ともっちーが一瞬視線を合わせて……あ、もっちーがそっぽ向いた。
「俺は一応就職の幅が広い南城大辺りがいいかなと思ってるよ。いつまでも遊んじゃいらんないからな……。」
『だから、卒業したら音楽はたまーに楽しむくらいでいいや』なんて続けるもっちーを真っ直ぐ見れない。もっちー、バンド辞めちゃうんだ……。
「あ、天音?俺何か気にさわること言ったか?」
「ううん、そんなことないけどさ……。」
でも、せっかくここまで頑張ってきたのに卒業ってなっただけでこんなあっさり皆やめちゃうの?そんなの……、やっぱ寂しいじゃん。
「……俺は辞めねーぞ。」
嫌な空気でシンとなったそこに、黒芭がポツリと呟いた。
「ーっ!本当!?」
「あぁ。と言うか、ここで嘘ついて何になるんだよ。」
「それはそうだけど!ホントに本当!?からかってない!?」
思わず黒芭に飛び付いて質問攻めにしたら、『うっとうしいから離れろ』って片腕で引き剥がされる。冷たい……!
「……あー、邪険にして悪かった。拗ねるなよ。」
「だって黒芭がうっとうしいとか言うから‼」
ずっと一緒にやって来た仲間に対して酷い!ってむくれたら、黒芭は『仲間……ね』なんて意味深に呟いてうつ向いた。何よ、その間は。
「……別に、なんでもねーよ。とにかく、らしくねーこと考えてウジウジすんな。そんなの柄じゃないだろ?」
「……うん、わかったよ。でも……!」
進路相談表、明日には再提出なんだよーっっっ!!!!
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「ただいまぁ~……。」
「お帰りなさい、天音ちゃん。大分疲れているみたいねぇ。」
「うん、今日は色々面倒なことがあって……。あーっ、頭使ったらお腹空いちゃった!」
重たい鞄はソファーに放り投げて、お姉ちゃんの向かいの椅子に座る。テーブルに乗ってる今日のおやつはドーナツだ‼美味しそう!!
「どれにしよっかな~♪」
「……ねぇ、天音ちゃん。」
「ん?なあに?」
色んな味のドーナツに目移りしながら答えると、お姉ちゃんはちょっと困ったように笑いながら一枚の紙を差し出した。
「あっ、それ……!」
「ごめんなさいね、勝手に見るつもりはなかったのだけれど、天音ちゃん、今朝テーブルの上に忘れていったものだから……。」
そっか、だから鞄に入ってなかったんだ……どこで無くしたのかと思ってた。見つからなかった時のためにって、先生からもう一枚同じの貰ってるし……。
「え、えへへ、なーんだ、家にあったんだ!てっきり無くしたと思ってたよーっ!」
「もう……、気を付けないと駄目よ?」
お互いにぎこちない笑顔で笑いあって、そこで会話が止まる。
「進路、悩んでいるみたいね。」
「……うん、何かさ、わかんなくなっちゃったんだ。私がこれから、何をしたいのか。」
「……天音ちゃんらしく無いわね。」
苦笑の混じったお姉ちゃんのその言葉は、本当にその通りだと思う。こんなことでウジウジ悩むなんて、今までの私だったら絶対無かった。中学から高校に上がるときは、学歴とか制服とかそんなの何も考えてなくて、ただ……
「ふふ、今の高校に上がるときには、『軽音部がカッコいい‼』なんて理由でお父さん達の反対も押しきって受験してたわね。」
「あはは、あったねーそんなこと!」
そうだ、友達に付き合って行った文化祭で見た、軽音部の人のステージに、私もあんな風に皆の前で歌いたい!!!って思ったんだよね。でも、その夢はもう高校生活でしっかり叶えた訳で……。
「……今、天音ちゃんが悩んでいるのは、きっとひとつの夢のゴールに来てしまったからね。」
「夢の、ゴール?」
思わず聞き返せば、お姉ちゃんは朗らかに笑って私の頭を撫でる。こんな風にされるの、久しぶりだなぁ……。
「天音ちゃん、小さいときから歌が好きで、ずっとステージに立って歌うのが夢だったでしょう?」
「うん……、そうだね。」
「そして今、天音ちゃんは素敵な仲間を見つけて、その子達とたくさんのステージに立ってきた……。例え、高校生の部活動であっても、天音ちゃんは確かに自分の夢を掴んだ。それは、とっても素敵な事だわ。実際、高校生の天音ちゃんは今までの中で一番イキイキとしていたわ。」
「そうかな?」
首を傾げる私を見て、お姉ちゃんは可笑しそうに『そうよ』なんて笑って。それからすぐに真剣な顔になって、『でもね』と切り出した。
「今貴方がたどり着いた場所は、あくまでも昔の天音ちゃんの夢のゴールであって、天音ちゃん自身の限界じゃないのよ。」
「……?どう言うこと?」
「天音ちゃんの未来には、まだまだたくさんの道が広がっているってことよ。」
「……よくわかんないや。」
「ふふ、今はまだ、そうかもしれないわね。」
静かに笑ったお姉ちゃんが、そっと私の手を握って囁く。
『これから貴方達が向かうのは、夢と希望の更に先なのよ。』
「……うん、なんかよくわかんないけど……わかる気がする。」
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「……って言う話をお姉ちゃんとしたんだけどさ、黒芭はどう思う?」
『………………、それは、こんな深夜にいきなり電話かけてきてまでしなきゃいけない話か?』
えーっ、深夜ったってまだ1時にもならないのに、黒芭ってば案外早寝?
「だって、こんな時間にいきなり電話かけられるのなんて黒芭くらいしか居ないし。」
『……っ!お前な……あんま男にそう言うこと言うなよ。』
「???何が?」
『……いや、何でもない。で?お前は結局俺に何を言ってほしいんだよ。』
「んー?別に何をしてほしいとか、そういうわけじゃないんだけど……。ただちょっと声聞きたくなっただけー。」
そう言ったら、なんか力の抜けたような声で『俺はお前の彼女か……!』って返ってきた。えーっ、そこは普通彼氏じゃないの?
『ま……でも、俺もあんまり難しい話は得意じゃねーけどさ。ここが終着点じゃないってのは、なんとなくわかる気がするよ。』
「えっ、ホントに!?」
『あぁ……。俺にはまだ、これから目指す先があるからな。』
「ほほーう、2年前とは大違いだね!」
あの頃は“夢も希望もない”って顔してウジウジしてた黒芭が……!お姉ちゃん感動です!!
『おい、俺はお前と姉弟になるなんざ御免だぞ。』
「えーっ、楽しそうじゃーんっ!!それに家族なら、いつも一緒に居られるよ?」
『ーー……っ!』
「黒芭ー?どしたの?聞こえてるーっ??」
電波が悪くなったのかな?こう言うときはスマホを振ってみると良いって聞いたことがあるから、とりあえずしっかりと握りしめたそれをブンブン振ってからもう一度耳に当ててみた
。
『……おい、なんか急に台風みたいな騒音が聞こえたんだがどうした。』
「ん?スマホ振り回してた。」
『何でだ!!?……いや、いい、聞いても理解出来なさそうだ。話も大分逸れたから戻すぞ?』
「あー、なんの話だったっけ?」
『はぁ……。卒業はゴールじゃないって話だろ。で、お前は何かあるのか。』
ん?何が?
黒芭からの急な質問に首を傾げてると、静かな声でこう続けられる。
『……これから、やりたいこと。』
「やりたいこと……?」
やりたいこと自体はいっぱいある。
バンドの仲間や黒芭の親友君と、その親友君が暮らしてる寮の人たちと皆でカラオケ行ったりとか、お姉ちゃんと二人で海外旅行とか。でも……今黒芭が言ってるのは、きっとそれじゃない。
「何がしたいかは、まだわかんない。でも……」
『ん?』
「私はこれからの未来も、黒芭と一緒に居れたらいいなと思うよ。」
『……それは、バンドの仲間として?』
「え?う、うん、そうだけど……。」
『……そうか。まぁ、いいんじゃないか、お前らしくて。』
黒芭は、泣いてるような笑ってるようなおかしな声で呟いてから、
『でもその為には、まず皆と一緒に卒業出来ないとな。』
なんて言った。
「わっわかってるもん、黒芭の意地悪!!」
『あっ、ちょ……!』
ふんだ、もう知らない!!
焦ったような黒芭を無視して、電源を切ったスマホ片手にベッドに倒れ込めば、目に入るのは床に置いたままの鞄から飛び出した教科書。
「……絶対一緒に卒業してやるんだから!」
誰にでもなく呟いて、机に向かってノートを開く。私だってやればできるんだって所、黒芭に見せてやるんだから。
それで、皆と一緒に卒業して、大学生になって……、なんて、それ以上の具体的なイメージは、まだまだ全然浮かばないけど。
ただ、何も浮かばないから、逆にわくわくしちゃうんだ。だって、『何が起きるかわからない』なんて、ゲームの大冒険みたいだもんね‼
~紡ぐのは、未来への道標~
『夢も希望も追い越したなら、理想の未来を探しに行こう!』
自分で作った診断メーカー『例えばそんな物語ったー』で出たお題を元に、とりあえず天音視点で1話書いてみました。
最近は診断メーカー作りがマイブームです(°▽°)
名前もこちらと同じままにしてるので、興味がある方は覗いて見てください(´・ω|壁