夜会1
ーーがたんっ
憂鬱だ。憂鬱で仕方ない。
馬車に揺られて今向かっているのは王宮。
普段はなんとも思わない馬車の揺れが妙にクリスティナを苛つかせる。
そう、ついに来てしまった。夜会には数回行ったことがあるものの、嫌悪感は薄れることはない。
夜会は、若い令嬢や令息からしたら結婚相手を探す場でもある。その為、周りの令嬢は皆だれかしらどこかの令息と話したり、ダンスしたり…。
ぶるっっ
(考えるだけで悪寒がするわ…)
手を掴まれると思っただけで、、、
(き、気持ち悪いっっ!今すぐ帰りたい!)
そうこう思っている間に、馬車は王宮に到着したようだ。
「ティナ、大丈夫か?」
優しい声がかかる。
声の主はクリスティナの父イネスである。周りには堅物公爵で通っているが、家族に対してはとても優しく、甘々だ。
「気分が悪くなったら、無理しないのよ?」
「はい、お母様。」
優しく体調を気にしてくれるのはクリスティナの母カトリーナである。柔和な笑顔で昔は社交界の華と呼ばれた人だ。溢れる美貌とオーラは周りを虜にする。
「大丈夫ですよ、母上。ティナのことは僕がしっかり様子を見ておきますから。」
カトリーナに向けて話しかけたのはクリスティナの兄ルイスだ。両親に似た美貌を持ち、人好きな笑顔を見せる一方で心を許していない人には冷徹な面もあるが、クリスティナには優しい兄でいつも接しているためそんな面があるとはクリスティナは知らない。クリスティナにとっては心優しい最高のお兄様なのである。
両親や兄はクリスティナが人の多いところが苦手であると知っている。夜会にはいつも行かないため、余計に心配してくれているのだ。
「大丈夫ですわ、お兄様。壁の花になっていますので。壁の花になって友人と話していると、なぜか話しかけられることが少ないんです。もし、気分が悪くなった時はよろしくお願いします。」
そう。クリスティナは夜会をまともに楽しむ気はさらさらない。今回のようにやむを得ず参加する場合は常に壁の花になることを決めている。壁の花となって、友人達と一緒に夜会をやり過ごすのがクリスティナ流だ。クリスティナと気の合う数少ない友人達と四人で語り合っていると自然と声をかけられることも少ない。
そんなわけで、クリスティナは頭の中で、どう夜会を乗り切るか考えを巡らせていた。
「いや、ティナ、話しかけられないって、それ見惚れられているだけじゃ……」
この時の兄の声は夜会を乗り切ることに必死なクリスティナにとって、何も耳に入ってはいなかった。
「喋ってないで、行くぞ。お前たち。」
堅物な公爵というイメージを彷彿させる硬質な声色で父イネスは声を発した。
いよいよ、だ。
父は母のエスコートをしながら、まずは国王陛下への挨拶をしに向かう。それに続いて、兄のエスコートで前へと進む。
列に並んでいると、ようやくご挨拶ができる番が来たようだ。
まずは父イネスが言葉を発する。
「此度はお招きくださり、誠にありがとうございます。我がウィンザー家を代表しまして、深くお礼申し上げます。」
父の礼にならって私や兄、母もこうべを垂れる。
「よい。其方たちの尽力、儂はいつも感心しておる。これからもよろしく頼むぞ。」
「勿体ないお言葉です。」
「して、お主の娘も大きくなったのう。久しぶりに見たから驚いてしまったわい。公爵夫人に似た美貌も持っておるし、引く手数多になりそうじゃの。」
「有り難きお言葉、誠に光栄でございます。ですが、娘はまだ若い。まだ嫁がせたくないのが私めの本音でございます。」
「はっはっはっ、お主ならそう言うと思っておった。まぁ良い。今夜は夜会を楽しんでくれ。」
*
挨拶を終え、私は予定通り壁の花となるために壁へ寄ろうとした。そこでガシッと腕を掴まれ、行く手を阻まれる。
「ティナ、一曲くらいダンスしなきゃダメだよ。」
耳元で囁くように周りに聞こえない声でルイスが言った。
「でも…、」
「僕となら大丈夫でしょう?」
「……うん。」
クリスティナはさすがに家族に対しては大丈夫であった。どうしても踊らなくてはならないときは父か兄に頼むしかない。
「僕と、踊っていただけますか?」
「はい、もちろんです、お兄様。」
兄のエスコートで踊り出す。
動くにつれドレスが、ひらひらと緩やかに揺れ、クリスティナの淡い白銀の髪はシャンデリアの光に照らされて光り輝く。澄んだ碧い瞳は涼やかで、大人っぽい印象を与える。今日はなにやら侍女達が妙に張り切っていたので、かなりの仕上がりになった。見苦しくない程度には装った筈なのにすごく視線が気になる。その視線の中には気持ち悪い舐め回すような視線もあって、とても良い気分ではいられなかった。
「…お兄様、なにやらすごく視線が気になるのですが。」
クリスティナが、恐る恐る気持ち悪い視線について兄に問う。
「ああ、ティナに見惚れている奴らだろう。気にすることはない。まだ、手は出してこないさ。」
「見惚れている?まだ?…どう言う事です?」
「はあ、、ティナは鈍感で天然なんだから……」
「…?」
「もうすぐ曲が終わる。まだ手を出してこない内に友達のところに行きなさい。」
「…はい。」
曲が終わり、すぐ場を離れる。品があるように気をつけながら、できるだけ急いで友人の元へ行く。早くしないと誰かに声をかけられる可能性があるからだ。一度声がかかれば、もう手遅れ。次から次へと誰かしら来る。その前に…!
足早にいつもの場所に向かう。
「御機嫌よう」
(しまった!!)
背後から声がかけられた。知らず冷たい汗が流れる。
(あと一歩だったのに…)
恐る恐る振り向くと、そこには、親友のノエルがいた。
「お久しぶりね、ティナ。」
「ノ、ノエル〜」
いきなり親友の登場でさっきまで張り詰めていた顔はあっという間に崩れ、穏やかな親友に対する顔になった。
彼女の名前はノエル・オールウェイ・アルファード。緩やかにウェーブした薄茶色の髪に月のような金色の瞳。クリスティナの一番の親友で、共に分かり合える同士である。要するに、彼女も夜会の類が苦手なのだ。クリスティナほどではないが、男性も苦手で、恥ずかしがり屋である。そんな訳で、彼女とクリスティナは夜会が被っているといつもずっと一緒にいることが多い。
「ノエル、ちょうど良かった!さぁ、一緒にいつもの場所行きましょう。誰かに話しかけられたらどうしようって思ってたから。」
「ええ、そうね。早く行きましょう。」
二人はいつもの場所急いだ。
ありがとうございました。
新キャラ出てきて、頭大変なことになってます。
登場人物一覧作ろうかなぁ〜と思ってます♪