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不完全世界と魔法使いたち①~⑥  作者: 安路 海途
不完全世界と魔法使いたち③ ~アキと幸福の魔法使い~
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二つめの奇跡  ― 1(放送室) ―

 学園にある放送室では、放送部の部長である末島尚吾(すえじましょうご)が苦りきった表情で座っていた。

 放送室はごく一般的な形式のもので、編集用機材の置かれた機械室と、防音ガラスの向こうにある録音室で構成されている。スタジオというほど立派なものではなかったが、それなりの広さはあった。

 アキはその部屋の機械室のところで、末島尚吾と向かいあっていた。小太りの末島を前にすると、手狭な機械室はますます狭く感じられてしまう。

「……原因は不明、ですか?」

 例の音楽について聞きにきたアキは、まずはじめにそう言われていた。

「まあね」

 太り気味の放送部部長は、底意地が悪そうな返事をする。高等部の末島はネクタイを締めていたが、それが変に息苦しそうに見えた。

 放課後にかかる音楽が放送部によるものではないとわかるのに、時間はかからなかった。どうやらそれは、無許可で流されているものらしい。にもかかわらず、今日もやはり同じメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』が放課後になって放送されていた。

「でも、音楽は間違いなく校内スピーカーから流れてるんですよね……?」

「そういうふうには聞こえるね」

 末島は拗ねた子供みたいな皮肉っぽい口調で言う。どうやらこの件に関しての言及を、露骨に避けたがっているらしい。

「末島さんは、必ずしもそうじゃないと思ってるんですか?」

 アキはできるだけ相手を刺激しないように、丁寧な訊きかたをした。

「そりゃあ、そうだろ。だってうちでは、あんな放送はしていないんだから」

 けれどそれなら、いったい誰があの音楽を流しているというのか。

「知らないね、少なくとも僕じゃないことだけは確かだ」

 駄々っ子のような表情で、末島は憤慨した。

「放送部員の誰かが行っているということはないんですか?」

「僕もそう思ってみたけどね」

 セリフからして、あまり部員のことを信用している部長ではないらしかった。あるいは、部員に信用されていないせいでそうなるのかもしれない。

「全員、何も知らないとしか言わない。それに音楽がかかっているあいだは、放送室には誰もいなかった」

「……誰も?」

「今日は僕がずっとここで見張りをしていたけど、怪しいやつは来なかったし、おかしなことも起きなかった。それでも、やっぱり音楽は放送された」

 忌々しそうに言う。

「機器に問題はなかった、ということですか?」

「問題も何も、電源だって落としてあったんだ」

「…………」

 アキは少しのあいだ黙考した。放送室の誰にも気づかれず、機器だけを操作するなどということが可能なのだろうか。

「末島さんは、一人で放送室に?」

「は、僕を疑ってるなら、それは無駄だよ。その時は顧問の先生もいたし、その先生だって何も気づかなかった。第一、放送されていてそれがわからないなんてことはありえない」

 狼狽気味の末島を見ながら、アキは心の中で一人つぶやく。ということは、犯人は放送室を使わずに音楽を流した、ということだろうか。

「放送室以外で、校内スピーカーを利用することはできるんですか?」

「無理だね……」

 末島はせせら笑うように断言した。

「少なくとも僕は、そんな方法は知らない。直接ケーブルをいじってやればできるのかもしれないけど、誰がそんな面倒なことをするんだ? 第一、何の得があって?」

 得かどうかの問題ではない気もするけれど、と思いながら、アキはとりあえず訊いてみた。

「末島さんは、今回の件はどんなふうにして行われたと思いますか?」

「さあね、きっと大量の無線スピーカーでも持ちこんで、それを使ったんじゃないかな。これなら校内スピーカーとは関係がない」

 アキは最後に、一つの質問をした。

「去年にあった、〝四つの奇跡〟については知っていますか?」

「――ああ、あの下らないやつだろ」

 いかにも軽蔑したような口ぶりである。

「今回のことも、それと同じようなものだと思いますか?」

「だとしても」

 と、人望の薄そうな放送部部長は言った。

「僕には関係がない」


 放送室をあとにして廊下を歩きながら、アキは考えている。

 末島尚吾が嘘やごまかしを言っているようには見えなかった。たぶん彼は、本当に何も知らないし、本当に下らないと思っているのだろう。

 だとすると、犯人が放送室を利用したということはなさそうだった。何かほかの方法で、音楽だけを流したのだ。

 例えば末島の言うように、スピーカーの近くに別のスピーカーを用意した、というのはどうだろう。たぶん透明なスピーカーでもあれば、それは可能かもしれなかった。音源はあきらかに、校内放送用のスピーカーなのだ。あるいは、校内スピーカーそのものに何らかの細工を施せば、そんなふうに見せかけることはできるのかもしれない。

 だがどちらにせよ、そんなことは不可能そうだった。まともな人間にできることではない。

 なら、犯人はまともな人間ではないのだろうか。

 けれど――

 アキはふと立ちどまって、考えている。

(でもあれは、魔法なんかじゃない――)

 何故か、アキはそう思っていた。理由はわからない。それでも渡り鳥が正確に営巣地にたどり着くような感覚で、アキはそのことだけを確かに思っていた。

 一年前の〝四つの奇跡〟と、今回起こった謎の校内放送。

 それらに、何か関係はあるのだろうか。あるいは今年も、同じ〝四つの奇跡〟が繰り返されるのかもしれない。

 アキは再び、歩きだしている。ある場所に向かって。

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