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不完全世界と魔法使いたち①~⑥  作者: 安路 海途
不完全世界と魔法使いたち③ ~アキと幸福の魔法使い~
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エピローグ

 文化祭が終わって、時間は日常に戻りつつある。

 玄関を埋めていたオブジェも、校舎を飾っていた垂れ幕や看板も、すべて撤去されてしまっていた。教室や廊下の隅から時折見つかる小さなごみくずだけが、夢の名残りを感じさせる。

 今ではもう桜も散ってしまって、秋は深まりを迎えつつあった。もうすぐ、紅葉がはじまる。そうすれば、すべての記憶は本当に夢の中へと溶けてしまうはずだった。

 そして、やがては誰もが眠りから目覚める。

 アキは和佐葵から、例の桜といっしょに撮った写真をもらっていた。家族に見せると、母親が特に喜んでいる。「――一生の宝になるわね」というのが、彼女の言だった。

 あの五人がその後、どんなふうに学校生活を送っているのかはわからなかった。写真部にあった誰も写っていない写真には、今はきちんとふさわしい人物が収まっているのだろうか?

 けれど――

 すべては、明日の問題だった。良くも悪しくも、それは変わる。そしてもう、それが失われることはない。

「…………」

 放課後、アキは新聞部の部室でレポート用紙に記事の粗稿を作成していた。今年の文化祭の、〝四つの奇跡〟を特集したものである。魔法が解けてしまった以上、それは最後の奇跡になるはずだった。けれどアキには何となく、来年も同じようなことが起こる気がしている。

 アキが鉛筆を動かしていると、部長である小菅清重が立ったまま横からのぞきこんでいた。そうして、少し首を傾げて訊く。

「――水奈瀬、髪切ったんだね?」

「はい」

 アキはそう言って、少しだけ短くした自分の髪に触れる。

「どうしたの、失恋でもした?」

「……そんなところです」

 からかうような小菅の口調に、アキは笑って答えた。

 文化祭からしばらくして、アキは髪を切った。一年前、美乃原咲夜がそうしたのを真似たわけではないが、ちょっとした心境の変化というところだったのかもしれない。その髪型はどちらかというと昔のアキに似ていたが、そのほうがこの少女には似あっているようでもある。

「ふうん――」

 と、小菅は文章の添削でもするようにそれを眺めていたが、「まあ、こっちのほうが水奈瀬らしいかもね」とまんざら冗談でもなさそうな口調で言った。

「あたしとしては、彼氏に振られようが何だろうが、記事さえきちんと書いてもらえればそれでいいんだけど……」

 そう言って、小菅は眠たそうにあくびをした。ここのところ忙しかったせいだろう。

「そんなに口を大きく開けてると、魂が抜けちゃいますよ」

 と、アキは注意した。

「大丈夫よ」

 小菅はうそぶいてみせる。

「あたしの魂は、そんなにやわじゃないから」

 そう――

 確かに、この人の魂はそれほど()()には見えなかった。何しろ幸福が感染する前に、それを防いでしまうのだから。

 人は誰しもが、その魂の深奥で幸福を願っている。

 けれど、この不完全な世界で、その願いが叶うことはない。そして叶えられたとしても、それは不完全なままだ。とはいえ、それを守ることはできる。幸福の本当の価値を守ることだけは――

 いみじくも、一つの魔法が教えているように。

 この話は、ここで終わる。最後に少年と少女が出会うだけの、このちっぽけな話は。

 ささやかな奇跡と、ほんの小さな幸福だけを残して――


 ――ここで一つだけついでに言っておくと、生徒会主催による企画の景品(万年筆と日記帳)を、アキは受けとっていた。

 とはいえ、その問題のほとんどはハルとひのりが解いたものではあったけれど。もちろん、この少女に言わせればこういうことになるのだろう。「――わからないことは、人に聞けばいいんだよ」と。

 いずれにせよ、キーワードの種類がある一つの単語を主題にした花言葉だと気づいたとき、クロスワードパズルは簡単に解けてしまっていた。ワレモコウ、バラ、ナデシコ、センニチコウ――

 何しろ今年の衣織学園の文化祭テーマは「愛」だったのだから。

→「不完全世界と魔法使いたち④ ~フユと孤独の魔法使い~」

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