プロローグ
砂漠の空は藍墨に暮れ、昼間の戦闘が嘘のように星が瞬いている。
「今日は朔夜か。どうりで星がはっきり見える。」
市橋遥はたばこをふかしながら、キャンプ地から少し離れた砂の上に腰をおろして空を仰ぎ見ていた。
「大尉、こちらでしたか。あなたこんなところでタバコふかしてたらもろ標的ですよ」
「ああ、そうかもな。ザック軍曹、負傷者は?」
「運良く行軍不能のやつはいません」
「そうか、そりゃよかった」
遥は深く吸ったたばこの煙りを、吐き出す。そのどこか厭世的な様子の上官にザックは首をかしげる。
「?」
「…20年か」
「なにがです?」
「ああ、戦場に出るようになってだよ」
「ああ、そうですね。コウがあなたを現場に連れてきてからもうそんなになりますか」
「いい加減、私も潮時だな」
「いま、いくつでしたっけ?」
平時の常識など無視した問も気にせず、あっけらかんと遥が答える。
「34だよ」
「あんなにちっちゃかった女の子がねえ」
「しみじみゆうなよ」
懐かしむような表情を浮かべるザックに遥かは苦笑を浮かべる。すでに成長しきった170cmを越える身長。無駄のない筋肉がついた身体。そして一目見て八割方の人間が男に間違える中性的な顔がのっかっている。もう小さな女の子の面影などどこにもない。
「傭兵やめてどうするんです?民間の警備にでも入るんですか?」
「いいかげん穏やかに暮らしたいね」
「あなたがですか!?」
見た目は叔父同様人当たり良さげなれど、中身はかけらも穏やかならざる年下女上司の言葉にザックが目を見開いて驚く。
「戦場から戦場への暮らしもなぁ。…いいかげん飽きてきたな。それに今日の戦闘で、自分の限界を感じたよ」
「何いってるんですか。あなたが立て直さなきゃ、今頃部隊は壊滅だったじゃないですか。あのボンクラ少将のおかげで」
学校出たての将校に現場の判断などできるわけがないのだ。まして軍人としての天分の才などそれこそ勝ち続けてこそ証明されるのだから。負けたら死に一直線だ。
「もっとはやく、気付いてりゃ、こっちが敵を追い込んでたさ」
「あなたって人は…」
二人は無言で空を見上げ、ため息を吐く。
遥は、9つの時に両親を亡くし、唯一の近親者だった父方の叔父である市橋公に引き取られた。自衛官からフランスの外人部隊へと転身した公は、幼い遥を南フランスの田舎の女性に預け、休暇の度に遥のもとを訪れていた。
けれど遥が11になるころ部隊をやめ、ある傭兵組織の教官を引き受けることになり、それに遥もついていくことになった。遥自身もそこで教育を受けるはめになり、そのまま今日にいたっている。
結局、戦争屋としての才能があったわけで、なるべくしてなったのだと、とうの昔に他の生き方はあきらめている。けれど30をこえ、さすがに肉体の限界を感じはじめ、今日の戦闘のこともあり、そろそろ今の道から足を洗うことを考えざるを得ないかと思いはじめていた。
「ヨウ、あれ!」
ザックが遥を階級で呼ばず、傭兵名で呼ぶ時はかなり気が動転している時だ。
「ん?」
ザックの指さした方を見る。星空を隠す、巨大な影が遥達に向かってすごいスピードで近付いてくる。
「「!!」」
二人はすぐさま砂漠に身を伏せた。突風とともに砂が舞い上がる。
風がやんだのを見計らって、ザックが起き上がる。
「ヨウ!?」
彼の横には上官の姿はなく、そして巨大な影も消えていた。




