動員
「さてお前たち」
西宮隊長が一同を見回して言う。
「ここのところ動きを控えてもらっていたが、まずはその点よくやってくれた」
いよいよ愚連隊が組織だって動くのだ。勘のよい隊員たちは早くも歓声をもらした。頭が鈍い者たちは隊長の労いにわけもなく感銘を受けた。
場所は根拠地の広間。もとはビルヂングの玄関広間として作られた場所だ。
隊員たちに招集がかかったのはほんの数時間前。もっともフセ副長が外出や流連を口酸っぱく戒めていたので、総員何事もなく広間に集うにいたった。
「これから誠道会の指示で戎は作戦に参加するが、なぜ動くのかをお前らに説明しておく。わけを知っている者も黙って聞いておけ」
と、日ノ出はじめ何人かの耳聡い隊員を鋭い目線で射る。
戎が組織だって行動するとき、隊長は隊員たちを前に決まってこうした説明を行う。隊員たちの中には、日ノ出のように情勢に通じている者がいる一方で、組織を取り巻く状況すらわかっていない者もいるからだ。
戎は今次なにを求めて動くのか。誠道会からはなにを求められているのか。
誠道会の傘下として、組織だって動く以上は各々の認識をそろえておく必要がある。自分たちがなにに従事しているのか、なにを目的としているのかを知っていれば、共通の目標に向かって動いているのだという一体感が生まれるし、ひいてはそれが隊員同士の連帯と帰属意識を高める結果となり、ついては戎に縛りつけやすくもなる。
普段はフセ副長に細かな指示や判断をさせて放任している隊長であるが、たまの組織行動には自ら陣頭に立って事の重大さを知らしめるとともに威厳を示し結束を図る。これが西宮隊長のやり方だった。
むろん多くの隊員は、腕っぷしの強い頭が動くというのだからそれに従うだけである。そんな彼らは隊長の説明を受けることによって、自分たちが取る行動に誤りはないのだという確信を得る。それは隊長の行動に間違いはないという信頼に基づいている。この信頼に根拠はない。組織の長は道を違えないという盲信と畏敬があるだけだ。
「お前たちは自分が手にするはずだった稼ぎを、まったくの他人がそっくり受け取っていたとしたらどうする。我慢ならねえんじゃねえか?」
ところどころで隊員が威勢よく「おう」とうなる。黙ってうなずく者もいる。
「いま誠道会もそれと同じことをされている。誠道会のシマで勝手に稼いでいる連中がいてな、もちろんそいつらを見逃す手はない。今日までその証拠を集めていたが、いよいよそいつらを捕まえる日がやってきたわけだ」
戎は誠道会の取り締まりの手伝いをするという。といっても直接なにかをするのではなく、誠道会の手から逃げてきた者を取りこぼさないように、南部市の指定された街路に立って見張りを兼ねるのが任務だ。
「このあと各班に分けてすぐに動いてもらう。事がすむまで各自は絶対に持ち場を離れるな。それがすんだら、いつものように誠道会から振る舞いがあるはずだ」
隊長の言葉に被せるように、調子のいい隊員たちがやんやと喝采した。
戎は数十からなる班に分けられ、南部市の二つの街区を取り囲むような形で受け持ちを指定されていく。
そんななかで早駆けは呆然として突っ立っていた。
――どうしよう
頭の中をその五文字が駆けめぐる。
近いうちに総出で動く。フセ副長からそう告げられていたので、遠くないうちに組織が動員されるのはとうに予測していた。が、よりによって無数にある一日のうちで、花売りとの約束の日と被ってしまうとは……。
見立てが甘かったと言わざるをえないのだろう。
戎に動員がかけられた以上、下っ端の早駆けが用件をかこつけて抜け出すのは不可能だ。組織の指示の外で動ける自由などどこにある。
隊長はすぐに動くと宣言した。花売りに予定の延期を伝えに行ける猶予もない。
もしも抜け出したらどうなるのか、などとはとても考えられない。いや考えたくもない。
流木につかまる漂流者がなすすべなく嵐に流されるがごとく、早駆けは指示によって諾々と素うどんの班に編入された。
波間の流木が波濤に呑まれひっくり返りそうになったのは、副長が各班に見張りの持ち場を告ていたときだった。なにせ戎が見張る街区というのが、花売りの家を含んでいる一帯だったのだから。
たちまち早駆けのうちに大きな懸念が巻き起こった。
――いや、あいつがこの動きと関係があるなんて考えすぎだ
即座に悪い考えを振り払おうと試みるも、不吉な予感がぬぐえない。肯定する憂うべき証拠も、否定する喜ばしき根拠もないまま、早駆けお得意の前進なき懊悩がはじまった。彼にはそれが憂慮かどうかもわからない。
そんな彼の隣で、じっとしていられない底抜けが憤然と言った。
「しかし、人のシマを荒らすたぁ、いったいどんなやつらなんだよ」
「そりゃあ、流しの連中さ」
と答えたのは班長となる素うどんだ。奇しくも早駆けが花売りと出会った日と同じ組み合わせだった。副長が意図的にそうしたのだが、早駆けはこの一致にさえ不穏の影を読み取ってしまう。
「ナガシ?」
聞き慣れない言葉に底抜けが顔をしかめる。
「特定の縄張りをもたず商売をしている連中さ。どこかに属しているならここは誠道会の縄張りだって知っているはずだけど、それを知らないのだから素人なんだろう」
「そのトウシロのナガシが上の稼ぎを盗ってんすね。ふてぇやつらだ!」
「誠道会から直接に盗んでいるわけじゃないけどね」
底抜けは素うどんの言っている内容を理解できず、「へ?」と間抜けな声を出す。
「狙っていた財布を目の前でかすめ取られているみたいなもんだよ」
素うどんは苦笑しながら、隊長のように大ざっぱな説明に切り替える。それで底抜けはようやくはたと手を打つ。が、本当に理解できているのか怪しいものである。
「誠道会が動くほど稼いでたのかねえ」
と隣の班長が素うどんに話しかける。身体が柔らかいので「骨なし」と名付けられた中堅どころの男だ。痩せた細い手と身体を活かして、郵便受けから投函物を抜くのを得意としている。抜き取った手紙や封書は恫喝や詐欺の種となる。
「顔ってのがあるからなあ」と素うどん。「縄張りで筋も通さずみかじめも納めずでやられたんじゃ、他んところに示しもつかないだろう」
「流しが好きにやるといっても限りがある。俺ぁそいつらがよっぽどもうけたと見るぜ。じゃなきゃお上が俺たちまでつかって包囲するはずがねえ」
「そんなにもうかる流しがあるかね」
「ま、薬か女だろう」
という骨なしの言葉に早駆けがぴくりと反応した。当の話者はそれに気づかないで、
「とくに誠道会は薬に手を出してないからな、それで仕事をされたらまるまる大損だ」
班長たちは憶測で話を進めていく。
骨なしが口にした「女」が、早駆けの中で花売りと結びつき、さらには危惧と化合する。疑心を触媒に不安が際限なく膨れあがっていく。漂流者は自らの行く末を選べない。
底抜けが、「あ」と小声をあげた。
「あいつ逃げてきやつじゃないですか?」
小走りでこちらに向かってくる男をこっそり指さす。素うどんはさりげない様子でしばらく男を見ていたが、黙って首を横に振る。彼は学生風の服からぼろ着に着替えていた。雑多な駅の歩廊をぶらぶら付かず離れずして歩いているときとは違って、浮浪児と学生服が同じ箇所に佇んでいては目を引くと判断したからである。
「ちぇ、なんも知らねえで通ってきた野郎か」
「もうすこし見分ける時間をかけたほうがいい」
「そうしてるつもりなんですけどねえ」
たしなめられ、底抜けはがっくりと肩を落とす。
男はどこかそわそわしていた。心なしか顔も青ざめている。彼はきょろきょろとあたりを見回し、そそくさと素うどんたちの横を通り抜けていく。路地の隅っこに座りこむ浮浪少年などお構いなしだ。
男がやって来た路地の先では、戎と同じく見張りに立つ誠道会の者が数人でたむろしている。強面の男たちが駆り出されているので、気の弱い者なら射竦められれば先の男のように顔を青ざめさせしまっても無理はない。蒸気都市の路地裏ではときどきこうした危険が伴う。ただしいま彼らが従事しているのは、縄張りを荒らす流しの商売人の取り締まりだ。通行人に危害を加えるのが目的ではない。
取り締まりは路地のさらに先で進められていて、見張りは現場から逃げてきた者を挟み撃ちするために立っている。さらに二段目の構えとして外部に戎が配されている。
通行人と逃亡者の見分けかたは単純だ。逃げてくる者を誠道会の者が追っていれば逃亡者と見なすし、そうでないなら何も知らない通行人と判断する。見分ける時間をかけろという素うどんの注意は、路地を通る男が追われていないかどうかを判断する時間的な余地を持てという意味だ。
「おい早駆け、いまのは逃げてない奴だってわかったか?」
底抜けはいつものごとく己の失錯を棚に上げ、隣の早駆けへ矛先を向けた。早駆けは苦渋の面を浮かべたまま、「ああ」と気のない返事。
「おまえ今日はなんだか静かじゃねえか。びびって腹でも下したか?」
「別に」
底抜けの挑発など耳に入らない早駆けは気のない返事をする。
「へ、腑抜けてんじゃねえよ」
拍子抜けした底抜けはつまらなさそうに言って、また素うどんのほうに向いてなにごとか喋りだす。
「そういえば取り締まりってどうやるんですか? ナガシが稼ぎをとってるってんなら、ふん縛って警察に突き出すんですか?」
「まさか」
素うどんが呆れて鼻で笑う。
悪いことをしていたら警察へ。それが底抜けの想像力の限界であった。いや彼に限らず、戎の少年のほとんどはこんなものである。不法な団体に属しておきながら、牧歌的なまでに愚鈍なのだ。
「そのまま流れてもらうか埋まってもらうか。そのどちらかさ」
こう言われて底抜けは、意をとりかね「ん?」と短くうなってまた考えこむ。
見張りといってもまったく気の張らない仕事であった。戎の隊員は一帯の路地の各所に配置されている。もっと内側の現場ではいったいどんな取り締まりが行われているのか。そんなものは底抜けや他の隊員にとって想像の外である。
しかし早駆けは違った。齢のわりに賢明なこの少年は想像する余地と考えられる素地を備えている。
戎が見張りに立つと指定された街路は、いずれも誠道会の本部事務所の近くだ。流しの連中が荒らしていた島というのが、よりによって誠道会の事務所を含む街区だったらしい。どうして流しの存在が発覚したのか、早駆けたち下っ端はなにも知らされていないが、本部の近くでみすみす違法な仕事に手を出すものを本職の誠道会が黙過するいわれはない。
もっとも誠道会の動きも流しの存在も、早駆けにとってはどうでもいい。彼にとっていっとう重要なのは、一帯が郵便屋の仕事で走り回った街区でもあり、花売りの家からもそう遠くない場所だというところだけだ。
約束を破ってしまっているからというのはもちろん、場所が近いのもあって、早駆けの頭からは花売りのことが離れない。それどころか、そう遠くない場所にいるのが、かえって不吉な予兆のようにも感じられてしまうほどであった。よくない考えや、悪い想像ばかりがめぐっていく。
もし、取り締まられている流しの連中が頑強に抵抗でもして、誠道会が実力行使に出たら……。
裏社会に身を置く誠道会だ、貧民街の人間が被害を受けてもお構いなしだろう。流れ弾なんかは珍しくない。それが彼女のそばを掠めないとは言いきれない。万が一に彼女に当たったら、という想像は、たとえ想像ですら憚られた。
もし、彼女が流しだと思われて取り締まられてしまったら……。
早駆けが無実を言い立てれば誠道会は聞き入れてくれるだろうか。そもそも無実を言い立てる勇気を奮い起こせるだろうか。隊長と口を聞くのでさえ緊張してしまう早駆けだ。上部組織の誠道会に物申せるかははなはだ怪しく危うい。
そして、もし、彼女が流しだったら……。
――そんなこと絶対あるわけない!
早駆けはこの想像だけは頭から締め出そうと努めていた。骨なしと素うどんの話を聞いていて、しかもそれが危惧と不安の端緒だったにもかかわらず、だ。
彼の想像がおよぶ範囲は、彼にとって都合のいい結末ですむ範囲だけである。救いのない想像など身を滅ぼす劇薬だ。まかり間違ってそんなものを摂ってしまえば、いつかどこかに落ち着くという英雄的な漂流の想像が、たちまち死に包囲された絶望の旅になる。
約束の時間から何時間がすぎただろう。いや、もしかしたらまだほんの数十分かもしれない。いやなことばかりを考えている時間は、当人の感覚より間延びして感じられるものだ。
あの子になにかあったら。そう考えてひたすらじっとしているのは気が気ではない。
早く終われと心から願っている。
彼女のもとに駆けつけて、遅刻を平謝りして、いやな想像の全てを打ち明けて、「心配のしすぎ」だと笑われたい。そして一緒に笑い合いたい。その後すぐにでも森林公園に出かけたい。
戎も誠道会も知ったものか。なにもかもが待ち遠しい。
ろくでもない、しかし余地のおよぶ想像の数々を跳ね除けようとすればするほど、また新たな想像に囚われてしまう。底なし沼のようだった。底なし沼、底抜け、と連想した早駆けは、我知らず底抜けをきつくにらみつけていた。
「な、なんだよてめぇその目は」
「なんでもねえよ」
「なんでもねえわけねえだろ! てめえからにらんでおいてよう!」
ぶっきらぼうな早駆けの態度が癪にさわって、底抜けが声を荒げる。
「放っておいてくれ」
「人をにらんでおいて放っておけだぁ?」
底抜けが掴みかかるが、素うどんが即座に手を伸ばして押しとどめる。
「二人とも静かにしろよ」
スリの監督をしているときとは異なる強い口調だ。誠道会と戎全体も絡んでいるだけに、内輪の小さなもめ事も看過できない。底抜けは不満な表情のまま早駆けから手を離した。
そこに各班を巡回しているフセ副長が折よくやって来る。
「ご苦労だね素うどん」立ち上がった底抜けと早駆けを見回し、「あんたらはでかい声を出すんじゃないよ」
「だって早駆けがよ……」
「喧嘩するんなら全部終わってからにしな。早駆けはもう少ししゃんとしないとケツ蹴り飛ばすよ」
と言ったときにはもう少年の尻をつま先で軽く蹴りあげていた。臀部に走る衝撃に早駆けは息を詰まらせてぴんと身を反らせる。
「見張りだからって気を抜くんじゃないよ。万が一があれば戎だけじゃすまないんだからな。いつもの小さな勤めとはわけが違うんだ」
副長の念押しに素うどんが、「うす」と短く答え、一拍おいて底抜けが「はい」と了する。さらに一拍遅れて早駆けは首を縦にふる。
「お前たちみたいなやる気がないやつのせいで失敗した」
いきなり副長が小声で、しかし語気鋭く言い放つ。下っ端たちはいきなり叱られたのかと思い、頬を張られたときのようにびくりと身体を跳ね上げさせた。そんな二人を前に副長はにやりと唇を曲げる。
「――なんてね、乗り気じゃない態度なんて表に出してたら、失敗したときに原因にされるよ。たとえ身に覚えがなくてもだ。やる気があるように見せるのも技術だよ。早いうちに身に付けろ」
彼女なりの喝の入れ方だった。
慣れきっている素うどんは、二人の横で我関せずと見張りをつづけている。底抜けは背を反らし気味にまっすぐ伸ばし、固まったように突っ立っている。
「……ちょっと面をかしな早駆け」
フセ副長はなおも気が進まげな面持ちの早駆けを引っ張りだし、素うどんたちから少し離れた。早駆けは、手ひどく叱責されるのかと首をすくめて身構える。副長は腕を組んでうろたえる早駆けをじっと見据える。
「あんたの仕事のおかげでこうして動けてるんだ。少しは誇りな」
「え?」
「郵便を頼んだろ。あれの中に流しの情報が書いてあった」
副長の断片的な物言いは、丁寧に聞かせるという類のものではなかった。しかし早駆けは彼女が言いたいことをさっと汲み取る。
早駆けが運んでいた封筒の中には、誠道会のシマを荒らす流しの情報が書いてあったという。そういえば郵便屋をしている早駆けと時期を同じくして、他の隊員もなにか仕事をしていた。封書に記されていたという情報は、他の隊員や誠道会の人間が集めてきたものに違いない。そうした情報を誠道会と戎との間でやり取りする運び屋に選ばれたのが早駆けなのだろう。誠道会が今回の取り締まりを決行したのは、集められた情報が必要十分にたまったと判断したからだ。
「この仕事の大本を……、俺が手伝ってたってことですか?」
「あんたは本当に理解が疾くて助かる」
言いたいことを拾い上げて理解した早駆けに満足してうなずく。副長としても早駆けがわかると期しての物言いだった。
「ま、あんたの仕事のおかげではあるけど、あんただけのおかげではないんだ。そこは勘違いすんじゃないよ」
と誉めっぱなしにせず引き締めるのも怠らない。もっとも副長の本旨としては、あんたでも役に立てているんだから胸を張れ、というところにある。
副長が早駆けを特別視しているわけではない。彼女は他の隊員へも陰でこうした心遣いを示している。こっそり励ますのは、人前でやると他の隊員から贔屓に見えてしまうからだ。いずれにせよこうした配慮もあって、彼女は愚連隊の副長に収まり、隊長から様々な面で信任を得ている。
「あ、ありがとうございます……」
副長からの激励という関係上、早駆けはそう口にするしかなかった。
しかし彼女の激励はかえって早駆けを不安にさせてしまう。自身が担ってきた郵便屋の仕事が、花売りとの外出の約束をふいにするどころか、よくない想像ばかりをめぐらせてしまうこの事態を招いたのだという事実に行き当たったからだ。自分が蹴り飛ばした小石が頭に跳ねかえってきて怪我を負うようなものである。
早く終わってしまえ。
早駆けの願いがますます強まる。
約束を再履行するのは当然としても、この埋め合わせもどこかでしなければならない。彼は副長の面前であるのも忘れてそればかりを考えはじめた。
そのとき素うどんがフセのもとにやってきて耳打ちする。フセはすぐに、「終わったみたいだね。このあと根城に戻って隊長が帰ってくるまで待機だ」と口にする。
願いが通じたのに、早駆けは胸騒ぎを抑えられなかった。
いや胸どころか身体をも抑えられなかった。
――いまから走ればまだ……
少しでも早くたどり着いて謝りたい。
すぐ森林公園へ出かけて贖いたい。
少年は弾かれるようにして駆けだしていた。
約束の時間はとうに過ぎてしまっている。
彼女はまだ待っていてくるだろうか。
パパとやらに見つかってひどい目に遭っていないだろうか。
遅れて怒られるのならいくらでも甘受しよう。嘘つきだとか非道だとか嘲られるのに比べれば安いものだ。
謝絶はもっと辛い。互いに嘘をついていたことを謝ると決めたばかりなのに。
「おい、早駆け!」
素うどんが叫んだときにはもうその姿は路地のかなたにあった。底抜けはなにが起こったのかもわからぬままぽかんとしている。
「あいつなにやってんだ!」
素うどんはこの男にしては珍しく、憤りもあらわに吐き捨てた。副長は腕を組んだまま首を横に振る。
「いいよ、放っておきな」
「さすがに勝手すぎませんかねあいつ」
「ま、少しはしおらしくなって戻ってくるだろうさ」




