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【2】父との約束 4

◇ ◇ ◇


「……というわけなの!!」


一切を話し終わった裕は肩で息を継いだ。


「それは災難だったね」


抑揚をまったくつけず、慎一郎は言った。


「本気で思ってる?」


「思っているとも」


端正な顔で言う叔父は、全く知らない人が見たら、ウソの一つもつけない紳士と映ることだろう。



外面がいい人は得よね!



裕は生あくびをしながら言う。


「そんなわけだからさ、私疲れてるの。それにねー、何か、私、今日は伯母さん家に早く帰らないといけないんだ。お祝いしてくれるんだって。だから、用があるなら早くしてほしいんだけど」


「道代さんを怒らせて良かった試しはないからな」


「自覚あるんだ」


裕は意地悪く問い返す。慎一郎は咳払いした。



――あるんだね。


そうだよね、ちくちく嫌味を言われてるもんね。


当然のことだと思うけど?



裕の思わせぶりな視線などどこ吹く風、慎一郎はキャビネットの時計に視線を走らせる。


「遅いな。もう来ても良い頃なんだが……」


「誰の話?」


「お前に引き合わせる人物だ」


「はあ? 何ですか? それは」


姪の問いをさくりと無視して、慎一郎は言う。


「まずは、我が校へようこそ。歓待する」


「そりゃどうも」


「君が笑顔でいられるのが、今日この時までとならないことを祈っている」


「何言っちゃってるの、叔父さん」あははと裕は笑い飛ばした。


「夢いっぱい、希望ではち切れそうになってる新入生にさ。で、誰が来るの」


「ふむ」


慎一郎は姪の問に答えを与えない。


「本来ならもう少し夢を見させてやりたいところだが、現実を直視しない者に未来はないからね」


「もって回った言い方するうー。何、何、叔父さん、何を伝えたいわけ?」


「裕」


「うん」


「君があの兄の子にしては優秀なのはよく知ってる。さすが義姉さんの子供だ」


「うん、わかってる」


「が、残念な事に。君には失点がある」


「しってん?」


「そう。悪点と言い替えてもいいかな。致命的に英語の出来が悪すぎる」


「それは――」


裕は片頬上げて引きつった笑いを浮かべた。


まったくもってその通りだったからだ。


英語教育を受けてからこの方、裕はお世辞にも英語で満足行く結果を出したことがなかった。


志望校を白鳳一本に絞ってからは、必死になって勉強した。


何が何でも受かりたかった。幸い暗記は得意だった。単語帳を食べるように丸まま飲み込み、成り立ちも何もかも無視して構文や傾向問題を覚え込んだ。


普通は記憶だけでは語学は習得できない。


身についた知識ではなく、詰め込み、一夜漬けでしのいだ。


そろそろ願書を出しますよという頃には、奇跡的に、平均はおろか学年上位に食い込むまでになった。


しかし、自転車操業のような危うさだった。


担任は難色を示した、志望を考え直すようにと。


でも、一切耳を貸さず、意欲だけで押し切って、何と合格してしまった。


これは、彼女の持って生まれた特性も多分に影響している。


本番に強い、そして勘が鋭い。


学校の試験では特に際立った結果を出した。


択一式問題は向かうところ敵なしだった。勘の良さを遺憾なく発揮できた。ここで選んだ答えは不思議と外れない。


当然ながら、理解しているわけではないので、知識としての蓄積はほとんどない。


今回の受験では、苦手この上ないヒアリング問題は全問すべてこの勘だけで勝負した。


驚いたことに満点だった。


他の科目も同様で、彼女の能力を超えた高得点での合格だった。


大学入試合格の知らせは彼女を狂喜乱舞させた。


もう受験英語からはおさらばできるのだ。開放感に満たされまくった。


親や担任の顔は見物だった。


彼らは彼女の真の実力を知っている。


もちろん、裕だって自分の力の範囲は自覚してる。しかしだ。合格できた。



ふーんだ。受かっちまえばこっちのもんよ。



鼻高々だった。


そんな姪の内心のつぶやきなど、教育者たる叔父はとっくにお見通しだ。


慎一郎は続ける。


「入学はできた、けれど今のままではおそらく卒業は愚か進級も覚束ない」


「何で」


「君は、入学要項や各部の科目は見なかったのかね」


「見た」


「他の大学は」


「もちろん、見た。カリキュラムに魅力あったし、私、情報処理系に興味あったからここを第一志望にしたんだもの。他の大学よりひとつもふたつも先行ってると思ったから」


「そりゃどうも」


慎一郎はぬるくなったコーヒーに口を付ける。


「まさかと思うが、専門課程以外比較材料にしなかったのか」


「他に何かあるの」


「あのね、裕。入試のガイダンスでされた話だと思うが。大学は基礎過程と専門課程がある」


「うん、知ってる」


「基礎は、中等教育と高等教育への橋渡しをする為のものだ」


「うん、でも、全部受ける必要はないんだよね」


「必須科目は全員取らなければならない」


「えー、じゃ、英語も?」


「外国語の英語は基本中の基本だ、外せるわけがなかろう」


「ちぇーっ。残念」


「……君は、単位数を比較した上でうちへ来たのではないのだね」


「どうしてわかるの」


「白鳳は、英語教育に力を入れている」


「うん、知ってる。父さんですら話せるくらいだもん」


「話を混ぜ返さない」


「じゃ、叔父さんが来るのを誰を待ってるのか、教えてよ。そしたらちゃんと聞くから」


またも慎一郎は姪の問いを無視した。


「通常、英語の最低単位数は6だ。我が校は8。2単位多い。それはペーパーテストではなくコミュニケーションを円滑に取れるレベルの会話力も求めているからだ、その分単位も増えている」


「え」


「詰め込みの、場当たりな受験英語でやっと乗り切った君に、修得できるとは現時点では言えない。つまりだ、このままでは専門課程へ進む前に君は潰れる可能性が高い」


「えええーっ! 聞いてないよ!」


「そんなはずはなかろう、ガイダンスに参加しなかったのか」


「英語の単位は8で、会話が重視されますよーなんて、教えてくれると思う?」


「なら、聞いていない?」


「聞いてない!」


「広報不足だったんだな」


「ええーっ! だってさ」


「裕、反対に聞くが。受験してみてどう思った」


「ヒヤリングがやたら多いな、と」


「そこにうちの学校のメッセージを読み取りなさい」


「ムリ!」



――コンコン――



一方的にエキサイトした姪と、相手にもなっていない叔父との会話に割り込むように、ドアのノックが入る。


「お取り込み中でしたでしょうか」


男子学生の声だ。



え? この声……



裕は反射的にドア方面を見る。


「待ち人が来たようだ」慎一郎はドア向こうに向かって言う。


「かまわないよ、入ってくれたまえ」


「失礼します」


かちゃり、ドアノブを回して入ってきたのは。


慎一郎ほどではないが、少し長めの髪を肩に垂らし、ちゃらりとキーホルダーの音を揺らして立つ男だった。


「遅くなりました」



ああああ、こいつーっ!



入学式の晴れやかな気分は、まるで桜の花びらが舞い散る春の色だ。


しかし、一瞬にして桜吹雪がブリザードの白い雪にとって変わる。


彼は、まるで冬の冷気を身に纏っている。



何で、あんたがここにいるのさ。



裕は目を三角にして睨んだ。


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