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【1】4月1日は吉日? 3

「入りまーす」


叔父・慎一郎の研究室は高い天井の端まで伸びた書架にぐるりと周りを取り巻かれている。


天から地までの本。


大きめの机の上にも本。


そしてパソコンがでんとおかれている。


本と紙と機械に取り巻かれた一室はとても狭い。


元々さほど広くないんだろうけど、年々狭くなってきてるよね、と裕は思う。


そこに立つのは、頭二つ分も飛び抜けて背が高い、中年の男だ。


「裕か」


「うん、そう、私」


小首を傾げ、裕は相手を見た。


彼の名は、尾上慎一郎おがみ しんいちろうという。


父の弟で、裕の叔父で、白鳳大学、つまり裕が入学する大学の教員だ。


式典に相応しいダークスーツに身を包んではいるが、背の高さ以上に異質なのは、その髪型だ。


晴れの式典にはまったく見合っていない、背中の中頃まで伸びた髪は、ワンレングスが流行った頃ならまだしも、今時では珍しい。その伸ばした髪をひとつに束ね、すらりと流している。


もっとも、ワンレングスは女性だけの流行り。男にもそうだったかはわからない。


入学式の会場でも見かけたから、今日の装いは知っていた。しかし、間近で見ると印象はがらりと変わる。



いつもは白衣姿でだらっとしているのに。法事以外でスーツにネクタイをきっかり締めてる姿なんて初めて見たなあ。


悪くないんじゃない?


いや……かっこよくない?



姪に品定めされているのを知ってか知らずか、慎一郎は彼女に席を勧めた。


「あ、飲み物はいらないよ」


びしっと裕は言う。


「叔父さんが出すコーヒーは、めちゃ濃ゆいんだもん、いらない」


「そりゃどうも」


彼は苦笑した。


「今日から君は学生。客人扱いはもうできない」


「あ、そう」


「だから、コーヒーも出さない。安心したまえ」


「安心したよ」


裕は肩をすくめて返し、改めて机を挟んだ前に座る叔父を見る。



スーツ着てると、悪くないんだけどな。



もうすぐ四十の声をきく叔父、尾上慎一郎は助教授で、裕の父・政とあまり……いや、全く折り合いが良くない。


裕は、子供の頃から、二人の間の微妙な空気感が好きではなかった。



何故なんだろう。



子供の頃は不思議だった。


幼い頃の裕は、お父さんと叔父さんも、裕は同じくらい好きだったから、固まったようにむっつりしている二人を見るのは辛かった。


今は別の理由で辛い。距離が生まれる理由を知ったからだ。


父と叔父は異母兄弟。


祖父に母が異なる子供が二人いるということは……片方は嫡男、もう片方は庶子。難しい関係になるのは当たり前のこと。


私の家にはお父さんとお母さんと私、おじいちゃんにおばあちゃん、そしておじさんとおばさんといとこがいる。


シンプルな家族関係のようでいてそうではない。


結婚の有無と子供の生まれが、家族を、親族を、兄弟を、難しくする。



――わかんない。



何で、おじいちゃんは、お父さんのお母さんがいたのに、叔父さんのお母さんとの間にも子供がいるの?



裕も子供ではない。


男女のことも、どうすれば子供ができるのかも、禁忌も知っている。



いけないことをしてしまうのは、何故?


人を好きになると、いけないこともやって良くなるの。


男と女って――よくわかんない。


ホント、興味ない。


わかりたくない。



大きな目はどんどん引き絞られ、しまいには目付きが悪くなった姪に、慎一郎は言う。


「引っ越しの片付けは、済んだのかな」


「うん、おかげさまで。昨日、あらかた終わったよ」


「そうか、それは良かった」


「良かったと思う?」


「不機嫌そうだね」


「どうも」


「君のことだ、今日は晴れ晴れとした顔でここに来ると思っていたんだが」


「奇遇ね、私もそう思ってた」


目をさらにつり上げて見る姪に、叔父は苦笑を返す。


「あのねえ、引っ越しではねえ、いろいろあったんだよ!」


「うん、だろうね。あの兄のことだから。聞きたいとは思わないが」


「聞いて!!!」


裕は、少し前、合格通知を受け取った直後のことを話し始めた。


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