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【1】4月1日は吉日? 2

「えーっ! 知ってるも何も!」


彼は大声を上げ、一瞬だけ周りの注意を集めた。


「俺、先生に習いたくてこの大学へ来たんだ!」


ぱちくりと裕は目を見開く。


「叔父さん、有名人なんだ?」


「何言ってるんだよ!」


学生たちは言い返す。


「指名して来てる学生も多いんじゃないか? 名物助教授だよ!」


「助教授……」裕はおうむ返しをする。


そう、叔父は万年助教授と裏でも表でも言われまくっている。職歴が長く、いいトシなのに昇進する兆しがない。



いつまでたっても助教授止まりだなんて。恥ずかしいよ!



「ふつーは、教授に覚え目出度い方がいいんじゃない? 助教授じゃなくって!」


裕は叔父に聞かせたい気分で答えた。


「尾上ゼミは、就職率100%だというし!」彼らは即答した。


「はあ?」



しゅうしょくりつ???



裕の頭の中ははてなマーク一色に塗り込められる。


「今はどこも就職難だろ。でも先生んところのゼミ生はほぼ全員、優良大企業に就職できてる」


「ゼミに入る・イコール・就職口決定確実! って、もっぱらの噂だけどな。……君、ホントに姪? 何で知らないの」


裕は大きな瞳をひときわ見開き、彼らに一睨みをくれ、くるりと踵を返す。


「君ーっ! 叔父さんに名前伝えておいてくれようー! 僕の名前はねえーっ!」と名字を言う彼の声を丸無視して、通い慣れた道を往く。



聞いてないし!


もう忘れたし!



裕はずんずん進みながら思う。



何が就職よ、バカじゃない?


大企業? はっ! 何それ。


学校入ったばっかで四年後を考えてるんじゃなくて、良い勤め先へ行きたい?


ちっさい!


うちの大学へ来る生徒って、もう少しかしこい人が揃ってると思ったけど、小粒でつまんないなあ!


きっと、後ろでお父さんとかお母さんがあれこれ言ってるんだろうなあー。


うちの親は、そこんとこ何も言わないのはありがたいよ。



ぷんすか怒りながら歩いている内に気も静まる。


何に怒っているのかわからなくなった頃に、ふと、思いつく。



父さんの「考えてやる」も怪しいものだけどさ。



裕は小さくため息をついた。



うちの両親、来てるのかな。どうなんだろ。


そう、今時は大学の入学式へ親が列席するのは珍しくない。


「そんなチンケなことしてやるか!」と気炎を吐くのは裕の父だった。


まるで鬼瓦のような真四角でいかつい風貌をした裕の父は、見たまんまの頑固さを誇る。


対する母は、すらりとした細面に細い目の持ち主で、黙っていれば菩薩様に見えてくるような雰囲気を纏う。


がたがたうるさい父とよくやっていけるな、と子供心に不思議でならない穏やかな佇まいで、和服がとっても似合う。


もし、今日、この場にいれば、鬼瓦の隣に和装の菩薩様カップルは人目を惹きまくることだろう。



……想像したくないや。


来てない方に希望を繋ごうっと。



裕は、新旧学生の波をすいすいと、ヨットが滑るように歩を進めた。


辿り着いた先は教職員の研究室に割り当てられている建物で、名を扶桑館という。


壁にはところどころひびが入る、見るからにボロい――いや、年季が入っている木造の校舎は、廊下を歩くときしり、階段は今にも抜け落ちそうだ。


裕が通ってきた小中高、どこの後者もコンクリート造りで、ここまで古い建物はあまり縁がない。


あるとすれば、生家ぐらい。


この、ボロくてカビ臭い建物へ足を運ぶのは何度目だろう。


何十回、いや、それ以上は行っている。


今までは客だった。今日からは学生として行き来できる。



うふ。


うれしい。



つい、顔がほころぶ。


階段を上がり、2階の奥にあるドアをコンコンとノックする手も軽やかなものになる。


「入りたまえ」


聞き慣れた声がした。


裕は何のためらいもなく、足を踏み入れた。


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