【1】4月1日は吉日? 1
4月1日。
世間一般には4月バカ、エイプリルフールと称される日だ。
大っぴらにウソついても許されるというふざけた特別な日。
そう、今日は特別。入学式の日。
念願叶って、天下の白鳳大学生になれる。
第一志望で、唯一受験した大学へ通える。
新たな一歩を踏み出せる。
4月1日は、もうすぐ19才の誕生日を迎える彼女、尾上裕の、記念すべき日になるはず。
こんなにうれしいことはないの!
そう思えると、昨日寝る前までは思っていた。
しかし、何やら良からぬ予感しかしない。
何故なら、今朝は夢見が悪かったからだ。
しばらくあの夢見てなかったのに。これはきっといつもと違う場所で寝起きしたからに違いない!
裕は頭を振る。
そして彼女はちらりと周囲に視線を移した。
彼女の視界には、ついさっきまでいた見慣れない建物、入学式の会場がある。
式典には大学構内にある大講堂が使われた。
入学式や卒業式以外に使い道がないとしか思えない、ばかでかい作りの建物だ。
今まさに式典を終え、ところてん式に押し出された人々が、ばらばらと散っている。
くせがまったくない長い髪をなびくにまかせて街中を行く彼女は、かもしかのようなしなやかな肢体と、少し小さいうりざね形の頭、そして、女子ならば自分に足りない部分を隠して、かくありたい姿になるように彩りを加えるのに、その努力をあざ笑うかのような容貌を持っていた。
大きな瞳は輝き、うんとすました鼻梁はすっと通り、きかん坊のように引き結んだ唇は気の強さを浮き彫りにする。
もう少し油断して、ぽーっと力を抜いたくらいだと可愛らしいお嬢さんに見えなくもないが、彼女にそれを望むのはムリというものだ。
人目は惹くが、声をかけるのをためらわせ、遠巻きにさせるような威圧感を持つ女子。
少女の頃から変わらない尾上裕のポートレートだ。
笑顔は大層かわいらしいのに、険のある目付きは人を、特に異性を牽制する。
「せっかくの美人さんが台無しだね」
裕が赤ん坊の頃から知っているというお隣さんは、彼女の頭を撫でながらいつも言った。
「もっと愛嬌をお出し。あんたはその表情で損をするよ」
「いいもん、別に」
裕はそう言い返すのが常だった。
「あいきょうなんていらないもん」
「おやおや、もったいない、もてなくてもいいのかい? いつまでたっても彼氏ができないよ」
「いいもん、できなくたって」
「おやまあ、さびしいこと言わないどくれよ」
お隣さんは笑う。
「あんたの花嫁姿を見るのが楽しみで生きてるんだからねえ」
そう言われると、子供心に少しだけ罪悪感を持つ。でも。
「もてるとか、そーいうの、どうでもいい」
子供の裕は、そっぽ向いて、菓子盆に盛られたせんべいを鷲づかみにしてぱくついた。
幼心に思った。お隣さんが言うこともわかるんだよ、と。
でもね、おばーちゃん。
面倒だもん。
今だってさ、ほら。
通りすがりの人全てが自分を見ているなんてうそぶくつもりはない。しかし、振り返って足を止める人と目が合うことが続くと、またかと思う。
そーいう目で人のこと見ないでくれない?
鬱陶しいと思うくらいには迷惑なのよね。
中学や高校でうんざりしてるのに。ここでもなの?
やれやれ。
内心の思いを冷たい表情に隠す。
入学式で隣り合わせになった女子学生と目が合った。彼女には愛想良く、「また明日ね」と手を振った。
同じように振り返す彼女を見て、こうも思う。
たとえ、電話番号を交換しても、「でも、ごはん、食べよ、遊ぼう!」と約束しても、二度と会わない関係って存在すると。
わかってる。私の周りはそんな人ばかり。
裕の反対側の席に座っていたのは男子だった。あ、と気付いた時には遅かった。目が合ってしまった。
あ、手を上げてる。こっち来る。
やだー! 来ないで!
彼女は歩く足を速めた。高校の頃に履いていたような靴なら絶対抜かれない自信があるのに、今日は踵が高い靴を履いていた。
あっという間に追い付かれてしまった。
――もう絶対、パンプスとやらは履かない!!
「君、歩くの早いね!」
問われて、笑顔を作った。
「そう? 先急いでたの。何か用?」
「うん。お茶、いっしょにどう?」
えええー? 信じられない!
こいつは何言ってるの!
先急いでるって、私、言ったよね?
聞いてないの?
ホントに「お茶どう?」って誘う人がいるなんて。
ばかみたい。
内心おかしくて仕方がない裕は、にっこり笑って答えた、「叔父の研究室に寄るから、だめ」と。
「研究室って、どこ? 君のおじさん、この大学の教員?」
「そう」
「誰? 誰?」
うるさいなあ。
雲霞を手で払うようにバイバイしたいが、人間と虫を同じ扱いはできない。ため息つきたいのを押さえて応じた。
「尾上慎一郎っていうんだけど。知ってる?」