知らずとも罪は紡がれて
姫が兵士から琴の騎士の事情を聞いてから、琴の騎士はいつものところで琴を弾くことはなくなった。最初はつまらない、と思ったが、すぐにあることを思いつく。琴の騎士は城に住み込みで仕えている楽師と暮らしているのだから、どこかで会えるはず、と。それから毎日、姫は琴の騎士を探して回った。
けれど、なかなか見つからない。何せ頼りは琴の音だけなのだ。姫は彼の姿を直接見たことがないし、彼は口が聞けないのだから、声も手がかりにはならない。鎧を身に纏っている、というのも城の兵士であれば当然だ。
唯一会えそうな時間と思えたのが夕刻の儀──"夕べに明日明くる"を歌うときだ。
琴の騎士の伴奏で、姫が歌う。故に、伴奏者である彼は近くにいると思ったのだが、姫はそれらしい姿を見つけられずにいた。
そのうち姫はそれどころではなくなる。国中で不審死が相次ぎ、とうとう……姫の歌声が呪われていることが発覚した。
姫が夕刻のための練習に、と軽く口ずさんでいたところ、すれ違った使用人の一人が突然倒れ、そのまま息を引き取った。それを皮切りに城内でもぽつりぽつりと人死にが増え始める。死んだ者たちの共通項が"直前に姫の歌を聴いたこと"であった。
それは瞬く間に噂として広まり、以来姫は腫れ物扱い。城中の誰もが姫が歌好きなのを知っていたため、なかなか指摘できずに時が過ぎていく。
姫は自分では全く気づいていなかった。何故なら、夕刻にはいつものとおり、"夕べに明日明くる"の伴奏が流れ、それに合わせて歌っていたのだから。
日課の楽しみが何の問題もなく終われば、その一日に疑問を抱くことなどない。城の中で一日のほとんどを浪費していた姫はまさしくそうだった。だからこそ姫はずっと幸せだったのかもしれない。
あの日までは。
いくら姫が気づいていないとはいえ、呪われている歌声を放置しておくわけにもいかなかった。そこで動いたのは姫の母──王妃である。
「けれど王妃さま。姫さまに歌声が呪われているとお伝えするのは、残酷すぎはしませぬか?」
「なれば、伝えなければいい」
王妃は至極あっさりと述べた。狐につままれる使用人たちに、王妃は言葉を連ねる。
「姫の食事に、気づかれぬよう少しずつ毒を盛りなさい。そうすればあの子はいずれ死ぬ」
「王妃さま!?」
なんということを、と反論しかけた使用人を王妃は視線のみで制する。
「何も知らぬまま、あの子は死んでいく。その方が何の手間もなく済む。そうは思いませんか?」
それがどれだけ無情な宣告であろうと、口にしたのはこの国の王妃。使用人たちに反論できるはずもなかった。