再来の夕べ
日も沈み、すっかり外が藍色に染まった頃、森の近くの村の宿屋に、戸を叩く者があった。主人は、こんな時間に誰だ、と思って開けると、騎士のように立派な鎧を纏った少年が困り顔で立っていた。
「すみません、ご主人。今夜も宿を貸していただけませんか?」
その少年には主人も見覚えがあった。武器を一切持ち歩かない騎士の出で立ちをした客など、忘れようがない。
「宿代が昨日と同じでよろしければですが」
遠慮がちにそう口にする少年。その言葉に主人は、厳つい顔でにかっと笑った。
「それなら大歓迎だ。いらっしゃい、琴持ち殿!」
少年はほっと胸を撫で下ろす。その間に主人は他の客を呼び集めた。
「今日も琴持ち殿がこの宿に泊まるとさ」
「本当かい」
「そりゃいい!」
主人の一声で客が集まってくる。少年は布袋を肩から下ろし、琴を取り出した。一人、音の確認をする。ろん、と不思議な響き方をする音が、徐々に一音ずつ上がっていく。
その音色を聞きつけた何者かが、ばたん、と宿屋の戸を開けた。
息を切らして現れたのは、昼間、少年と話していた白髪の老人だ。
「おう、じいさん。血相変えて、どうした?」
主人が老人に気づき、声をかける。老人は辺りを見回しながら応じた。
「琴の音が、聞こえたのじゃが」
「ああ、琴持ち殿がいらしてな。今晩もうちに、と」
「して、彼はどこに?」
「じいさん、あんたの隣だよ」
老人はいつのまにやら琴を携え、隣に佇んでいた人物を見上げ、驚く。間違いなく、昼間に会った少年だ。その証拠に少年は、昼間はどうも、と会釈した。
老人は昼と変わらぬ少年の姿に唖然とする。
「姫君には……会わずに済んだのですかな?」
「お会いしましたよ」
少年がにっこりと返した言葉は、老人にとっては信じがたいものであった。
少年は続ける。
「噂に違わず、お美しい方でした。お姿も、歌声も」
老人は衝撃を受けた。微かに震える声で確認するように一つ問う。
「姫君の、瞳の色は……?」
「優しく温かい、夕暮れの色でしたよ」
その言葉に少年の藍色を映した老人の黒い目が、揺れた。