再び生まれて
騎士は長い間、お姫さまのために歌いながら、旅を続けました。ずっとお姫さまを探し続けていました。
けれど遂に見つけられぬまま、騎士はこの世を去るのです。
いつかあの声が言ったとおり、生きるものには必ず死がやってくるもの。長く生きた騎士でも、その理から外れることはありませんでした。それでも、騎士は悲観しません。
「いつかまた、会えると信じています」
その思いが祈りとなり、またあの声が応じます。
「よくよくまあ、お前の声は響くものだな」
相変わらず、呆れた様子です。
「しかし、以前も言ったはずだ。死んだものについてはどうしようもない、と」
「ええ、はっきり覚えています。何かが死んだとき、別の場所で何かが生まれる。その繰り返しが自然の理で、何かの拍子でひょっこり、あの人が生まれるかもしれない」
「馬鹿かと思うくらい見事に覚えているな」
お褒めにあずかり光栄です、と騎士は応じました。
「それに、僕もまた生まれる可能性がある」
「えらく楽観的だな」
「忘れたくないだけですよ」
騎士は琴の弦を一つ、爪弾きます。ろーん、ともの悲しい音色が響きました。
「会いたいなぁ」
そう呟いて目を閉じた騎士に
「…………」
声は何も言いませんでした。
古の騎士の物語は伝承として語り継がれ、幾年もの時が過ぎました。かつてその騎士の祖国があった場所には、新たな王国が生まれ、人々のいさかいも少なく、平和が続いておりました。
あるとき、生まれつき口の聞けない子どもが生まれました。早くに両親を亡くし、楽師に育てられることとなったその子は、琴の才に恵まれておりました。
その才を誇示することもなく、かといって誰かに媚びるわけでもない謙虚な少年でしたが、口が聞けないために、人と関わるのがあまり上手くありませんでした。そのため、少年は除け者にされ、いつもひとりぼっちでした。
そんなところに誰とも知れぬ声が言いました。
「お前、寂しいのか?」
誰だろう、と辺りを見回しますが、誰もいません。
「ははは、唯一、お前の話し相手になれる者だよ。寂しいお前に、良いことを教えてやろう」
そう言って、声は少年に古の騎士の話をしました。
「お前はどうやらひょっこり生まれてしまったその"騎士"らしいな。寂しいなら、お前も"姫"を探すといい。案外その辺りにいるかもしれんぞ」
声はそう締めくくります。
少年はすぐ、探してみることにしました。その行動に、声が呆れます。
「あの"騎士"といいお前といい、今のが嘘だと考えたりはしないのか」
呆れてはいましたが、どこか楽しげです。
少年はその話が本当のような気がしていました。"姫"がいるようにも感じていました。何故ならこの国のお姫さまも歌が好きでしたから。
少年は琴を弾いて、待つことにしました。声の代わりに、お姫さまに届くように。
何日、何年とそれを続けるうち、その琴がお姫さまの耳に留まったらしく、お姫さまの声を聞くことが叶います。
けれど、お姫さまは城壁の向こう側で、会うことはできませんでした。口も聞けないのに、会って何をするというのでしょう。
少年のことを何も知らないお姫さまは、意外なほどに少年を追い求めてきました。それが嬉しくて、楽しくて。最初は会う勇気がなくて逃げていた少年は、いつしかお姫さまに見つからないよう立ち回るのを楽しむようになりました。本末転倒です。
それでも少年は楽しむことを優先しました。いつからか、目もうすぼんやりとしか見えなくなっていたので、少年は怖かったのです。まるで、世界が閉ざされていくようで。
そんな少年が自ら目の光を失う決意をするのはそう先のことではありません。
それは夕刻の儀にお姫さまの歌の伴奏をするようになってから、まもなくのことでした。
少年は偶然、王妃さまが使用人たちに命じ、お姫さまを殺そうとしていることを知ります。
そのとき彼は、"ことのきし"が"姫"の命を救うために、自らの目の光を捧げた話を思い出し、同じように祈りました。
「僕の目の光、残った全部をあげますから、姫君を毒から守ってください」
あの"騎士"のように声が応じることはありませんでしたが、姫は毒をものともせず、何年も生き延びました。
それが悲劇を巻き起こすとも知らず。




