まだ続く旅路
声を失った騎士ですが、それでも姫の明るい歌声を聴き、笑っていました。その様子に、これまで願いを聞いてきた声が問います。
「お前、光も声も失って、残っているものなどないだろうに、何故笑っていられる?」
騎士は心の中でこう返しました。
「僕にはまだ、琴を弾くための指の記憶と、姫の声が聴ける耳が残っています。それだけで、充分なのです」
それからしばらくして、騎士は姫の歌を伴奏することになりました。
夢の叶った姫は嬉しくて仕方ありません。
幸せそうに歌う姫の声を、騎士も心地よく聴いていました。
ところが、そんな日々はそう長くは続きませんでした。
城で火事が起こったのです。
目の見えない騎士は仲間たちの手を借りて、わけもわからず脱出しましたが、城が燃え落ちてすぐ、姫が助からなかったことを知ります。
それを知り、騎士の中を様々な後悔が駆け巡ります。姫の笑顔を見たかった、どんなに他愛のない内容でもいいから言葉を交わしてみたかった、ちゃんと会って触れ合いたかった……ちゃんと目の見えるうちに、口の聞けるうちに、姫と会いたかった。
姫をもう一度、蘇らせることはできないだろうか。
騎士の中にそんな願いが生まれました。その願いはまたしても祈りとなり、何者かも知れぬ声の許へ届きました。
「お前はつくづく、愚かなことばかり願うものだな」
声は呆れたように言いました。
「残念ながら、此度の願いは叶えられない。死んだ者は生き返らない。生き物がいずれ死ぬのと同じく、これは自然の摂理だ。曲げることはできない」
「僕の何を奪っていってもかまいません。どうか姫に、姫にもう一度会わせてください」
嘆願する騎士に、声は冷たく告げます。
「ではお前の命をもらう。それでも?」
「姫に会えるのなら」
「たわけ!」
声が騎士の答えに怒鳴りました。こう続けます。
「姫が蘇ってもお前が死んでいたら、お前の"もう一度姫に会いたい"という願いは叶わんのだぞ?」
言われてみれば、そのとおりです。騎士は頭が冷えました。視界が冴え渡ったような気がします──と、そこで騎士は自分の異変に気づきました。
「見え、る……?」
目の前に景色が広がり、思わず呟きをこぼしたところで、更に驚きます。
「声が!」
「これまでお前から奪ってきたものを戻してやったのだ」
声は厳かに言いました。
「それで一人でも生きてゆけるだろう。後は普通に生きるなり、姫を探すなり、好きにしろ」
「姫を、探す? 姫は生きておられるのですか!」
「違うぞ、阿呆が」
希望に溢れた騎士の言葉を、声が一蹴します。けれど「だが」と声は続けました。
「生きとし生けるものは生まれ死に、その流転を繰り返す。希に同じものが生まれてくることだってあるさ。姫がまた生まれてくる、なんてことを信じる気があるのなら、探すといい。探して会えたなら、叶えられずにいた願いを叶えるがいいさ」
そう残し、声は消えました。
それから騎士は、姫を探す旅に出ました。会えるかどうかはわかりません。それでも騎士は会えると信じ、歩き続けます。
今もどこかで歩いているかもしれませんね。




