もう一つの物語
昔、ある国に、琴弾きの騎士がおりました。
琴の名手である騎士を、その国の姫は大変気に入っておりました。姫は歌が好きなのです。城の中でも、よくよく歌っています。
琴弾きの騎士も、時折耳にする姫の歌声が好きでした。
けれど、姫にはそうやすやすと会えません。故に騎士も姫も、互いの顔を知りませんでした。
聞きながら姫は、まるで自分とあの"琴の騎士"のようだと感じた。
門番はぺらりと次へ進む。
あるとき、その国では熱病が流行りました。姫もその病にかかってしまい、大変な熱で苦しんでおられました。その病で死んでしまうのではないかという噂が流れたほどです。
その噂を聞いた騎士は、人知れず祈ります。
「僕の何を犠牲にしてもかまいません。どうか姫を助けてください」
するとどうでしょう。どこからともなく、騎士に語りかけてくる声がありました。
「それは、まことか?」
「はい。だからどうか姫を」
「わかった。では姫を助けてやろう。代わり、お前の目の光をもらう」
声が言ったとおり、騎士の目は見えなくなりました。けれど姫は病から立ち直りました。
ところがです。病が治ったはいいものの、姫は声が出なくなってしまいました。声が出なければ歌も歌えません。歌が好きな姫にとって、これ以上悲しいことはありません。
姫がそれで悲しみに明け暮れていることを聞きつけた騎士もまた、嘆きます。姫のあの美しい歌声が聴けないなんて、と思うと、祈らずにはいられません。
「僕の声を捧げますから、姫の声を戻してください」
「それは、まことか?」
するとまたあの声がします。騎士が迷わずはいと答えると、声はよかろう、と告げました。
「あの姫の声を戻してやる。代わりにお前は口が聞けなくなるぞ? 本当にそれでいいのか?」
声が念押しします。それでも騎士は頷きました。
そうして、姫の声は元に戻り、騎士は口が聞けなくなりました。
「門番様」
姫が話を止め、門番の方を覗く。門番は声に応じ、不思議そうな面持ちで姫を見上げた。
「それはもしや、かつて王国にいた"琴の騎士"のお話ですか?」
「いいえ、違います」
門番は即座に否定する。
「確かに題は同じですが、あの"琴の騎士"ではありません。第一姫様は大きなご病気にかかったことはないでしょう?」
「それはそうですが……」
姫にはどうしても物語の中の騎士が"琴の騎士"のように思えてならない。しかし門番に反論する言葉も見つからず、言い澱む。ふと静かになり、先程からしているカッカッという音がやたら響いた。いや──近づいてきている?
姫が疑問を口にしようとしたところで、ぺらりと紙をめくる音がした。再び門番が語り出す。




