失われたもの残ったもの
むかしむかし、あるところに、琴弾きの騎士がおりました。
琴弾きの騎士は剣を振るうのも、琴を弾くのも一番上手で、誰もが憧れる人物でした。
騎士はその才能を自慢したりすることはなく、お国に尽くしておりました。
そんな彼をその国のお姫さまはいたく気に入っておりました。お姫さまは騎士が奏でる琴の音色が好きなのです。
「いつかみんなの前で、騎士の琴に乗せて歌いたいわ」
お姫さまはそんなことを騎士にこぼしました。
騎士は笑って言います。
「いつか叶うといいですね」
ところが、国は農作物が育たなくなり、民が飢え、国も飢え、滅んでしまいました。
お姫さまも貧しい暮らしに変わった中で、病気になってしまい、今にも死んでしまいそうなくらい、弱ってしまいました。
それを見ていた騎士は、自分が代われたら、と思います。お姫さまの苦しむ様子をただ見ているしかできないなんて、悔しかったのです。
お姫さまが熱を出しました。もう手の施しようがない、と誰もが諦めてしまいました。騎士は嘆きます。
「ああ、姫君が苦しむくらいなら、僕はこの身を捧げたっていいのに」
「それは、まことか?」
その呟きを聞き取った何者かが、騎士に語りかけてきました。
「本当にそう思うのなら、そなたの光を我に捧げるがよい。さすれば姫の病を治してやろう」
「はい、喜んで!」
騎士は喜びいさんでそう答えました。相手が何者かもわからないのに、けれど、藁にもすがる思いだったのです。
騎士は目が見えなくなりました。当然お姫さまの姿もわかりません。ですが、周囲の人々が喜びの声を上げています。聞くと、お姫さまが目覚めたのだとか。あの声が言っていたのは本当なのだと騎士は誰ともわからぬ者に感謝しました。
しかし、今度はまた別の問題が起こりました。
お姫さまは無事に目覚めた代わり、声を失っていたのです。歌うことの好きなお姫さまは悲しみに沈みました。
それを聞いた騎士も大変嘆きました。自分の琴と共に歌いたいと言ったお姫さまの言葉を思い出します。
「姫君のお声をとらずとも、僕の声を差し上げますのに」
騎士はまた、誰にともなく祈りました。するとまた、あの声がします。
「それは、まことか?」
「はい」
「姫の代わりに、お前が声を失ってもよいと?」
「はい。姫君の声がなくては、約束を果たせませぬゆえ」
「では、姫の声を戻してやろう。代わりに、お前はもう喋れぬぞ」
その声がふっと消えると、言葉のとおり、騎士の喉からは声がでなくなりました。
けれど次には喜びの声が聞こえました。お姫さまが感動に咽び泣く声も。
それを聞いて騎士はほっとしました。「よかった」と心の内で呟きます。
「自分は光も声も失って、残っているものなどないだろうに、それを"よかった"とは、随分お人好しだな」
また声が不意に現れ、騎士を笑いました。それに対し、騎士は首を横に振りました。
「残っていますよ、ちゃんと。琴の弾き方は指の記憶に、正しい音色は耳の記憶に。僕は琴が弾ければ、それで充分なのです」
琴の騎士はその記憶のままに、琴を弾きました。お姫さまはそれに合わせ、楽しげに歌います。




