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亡国の歌姫と琴の騎士  作者: 九JACK
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呪われた歌姫

「夕べに沈む夕日が」

 鈴の音のような、海のさざめきのような、透き通った少女の声が、塔に、そして階下の森に響き渡る。

「今日の空と重なる」

 遥か彼方の海を見据えるように、その塔は佇んでいた。水平線の方を見やれば、そちらへ日が沈み始めていた。

 ここは"西の塔"と呼ばれる巨大な白亜の塔。その塔の頂上付近に小窓がいくつかついている。その窓の一つから、夕日を見やりながら、黒髪の少女が何やら口ずさんでいた。

「明日も同じ色だろうか」

 彼女こそ、その歌声が持つ力を疎まれ、塔に閉じ込められた忌み姫である。疑いながら、夕暮れの色に似た橙の瞳に、憂いを帯びた光を湛えている。

「声 枯らし啼く烏に

 静かに問いかけてみる」

 彼女は歌い終え、はっとする。何の違和感もなく歌っていたが、いつのまにか琴の伴奏がついていた。ぽろんぽろん、と琴の音が後奏を終え、最後の音を爪弾く。その余韻が優しく姫の頬を撫でる。

 懐かしい音色だった。今歌っていたのは彼女がここに幽閉される以前、祖国で歌っていた歌だ。

 姫の瞳が驚きと喜びの光を灯す。彼女は窓から身を乗り出して、きょろきょろと辺りを見回した。そこへぱちぱちぱち、と拍手の音がした。

「琴の騎士!」

 姫は思わず叫ぶ。するとその声におや? と応じる者があった。真下だ。

「まさか姫君が僕をご存知とは」

「……貴方は?」

 姫が乗り出したちょうど真下に、一人の少年がいた。塔に背を預けて、小さな竪琴を弾いていたようだ。鈍色の鎧を身に纏う少年は騎士のように見えるが、武器の類は一切持っていない。

 夕日の照っているせいで少年の顔はよく見えない。それで姫が呟くように放った問いに、少年は立ち上がった。姫に向かって丁寧に一礼する。

「これは名乗りもせず、失礼いたしました、姫君。僕は琴の騎士。ご覧のとおり、琴を片手に歩いている、騎士ならざる騎士にございます」

 その少年の顔が、ちらりと見えた。夕日に照らされ、赤茶色と黒で陰影のついた黒みがかった茶髪の奥に、夜空のような藍色の瞳が覗いている。

「琴の君が、こんな西の果てにどういったご用でいらしたの? 貴方はこんな果ての森より、きらびやかな宮殿の方がお似合いと思いますが」

「それを言うなら貴女もですよ、姫君」

 まるで姫が本当に姫であったことを知っているかのような口振りに、姫はたじろぐ。しかし少年騎士は裏の読めない笑みを浮かべるばかりだった。

「ところで、琴の君はどちらからいらしたの? 騎士というなら、どこかの国に仕えているのでしょう?」

「国、ですか。……ふふ、それは内緒ということで、どうか一つ」

「ならば聞きません。代わりに、琴を弾いてくださりませんか?」

「おやすいご用で」

 少年騎士は座ると、再び竪琴を爪弾いた。単純な音階が爽やかに響く。音が正常なのを確認すると、少年騎士が姫を見上げた。

「さて、姫、何かご注文の曲はございますか?」

「それでは"夕べに明日明くる"を」

「かしこまりました」

 少年のしなやかな指がもの悲しい雰囲気の旋律を奏で始め、自然と姫も先程の歌を──"夕べに明日明くる"を歌おうとしたところで、不自然なことに気づいた。自分は何気なく曲名を言ったが、この少年は何故この曲を知っている?

 この曲は姫がかつて暮らしていた王国で、夕暮れを知らせる歌として使われていた。しかし、その王国は姫の歌の影響でほとんどの国民が死に絶え、果ては王までもが絶命した。姫が幽閉された遥か昔に滅んだはず。姫の体感ではどんなに低く見積もっても、百年近いときが経っているはずなのである。何故、その国の歌を、こんな年若い少年が知っているのだろう? しかも、琴の伴奏まで。

 様々な疑問が姫の脳裏に閃くが、それはすぐ、泡のように消えた。

 前奏が終わり、歌の部分がやってくると、姫は自然、歌うことに熱中してしまうのだ。

「夕べに沈む夕日が」

 歌姫が歌姫たる所以。

「今日の空と重なる」

 呪いを振り撒くこととなっても歌うことをやめない。やめられない。

「明日も同じ色だろうか」

 それほどまでに歌を愛しているのだ、この姫は。それ故に、姫の力は姫にとって最も残酷であった。

「声 枯らし啼く烏に」

 聴く者の生気を吸い上げ、穏やかに、されど速やかに死へと誘う──

「静かに問いかけてみる」

 歌声にかけられた呪いは。




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