一つ進む
──Coda.門番──
その日の夜明けに遡る。
静かに村を出て行こうとする鎧姿の少年を待つ者があった。前日にも会った西の塔の姫について語り継ぐ老人だ。
「今日も塔に行くのですかな? 騎士殿」
「ええ、姫君と約束いたしましたので。止めますか? ご老人さま」
少年が問うと、老人は首を横に振る。昨日の剣呑な雰囲気はなく、代わりに諦めが滲んでいた。
「止めても行きなさるのでしょう、貴方は。そしてまた戻ってくる」
「おやおや、何故そうと?」
その問いに答えず、老人は続けた。
「一つ、言伝てを頼まれてくだされ。"明日、門番が行く"と」
「姫にですか」
「そうです」
「かしこまりました」
少年が要求を飲むと、老人はすんなり通してくれた。
少年は姫に老人からの言伝てを伝えた。
「そうですか。では、明日は歌えませんね。残念」
言葉とは裏腹に楽しげな笑みを閃かせる姫。少年は不思議に思って訊ねる。
「歌えないのに、楽しいのですか?」
「人と話すのだって、案外楽しいものですよ。それに門番は気の回る人だけれど、媚びたところがないから、とても話しやすい方なのです」
姫の言葉に少年がくすりと笑う。姫はそれを見てむっとした。
「何かおかしいですか?」
「いえ。姫君は随分と退屈しておいでのようで」
「当たり前です。私はここから出られないのですから」
ぷんすかとそっぽを向いた姫の言葉に、少年はふと思い出す。そういえば、老人が言っていた。"この塔には階段も梯子もない"と。
「本当に、上り下りの手段はないのですか?」
「ありません。梯子も階段も、門番に壊していただきました。入口を入ればすぐわかりますから、確かめてみてください」
言われたとおり、少年は塔の入口から中に入ってみる。すると入ってすげ目の前の上方に不自然な階段があった。上に続いているが、人の手の届かないほど上から始まっている階段。その"一段目"には砕かれた跡がある。
「よく崩れませんね」
外に戻るなり、少年は感心したように姫に語りかけた。姫はそうですね、と相槌を打ち、続ける。
「この塔は円筒状で、あまり広くもないから、柱がないのです。元々人が住むように設計されていませんし、いるのは私一人ですから、問題ないのでしょう」
「危ない気もしますが」
少年はところで、と話を変えた。
「どうして姫君は階段を壊してもらったりしたんです?」
「ここから出られないように、ですよ」
姫は遠くを見て答えた。少年はその橙の中に寂しげな色が混じっているのに気づく。尚のこと"何故"という思いは強まった。
「退屈なのに、ですか?」
少年がぽつりと問うと、姫は小さく笑った。
「退屈なので、今日は一日、付き合っていただきますよ。そして──明日も、来てくださいね」
次も、その次も。
口には出さないけれど、姫がそう言ったように聞こえた。
「もちろんです」
少年はにこやかに応じる。
「そのために来たんですから」




