囚われの道へ
他に立つ者のいなくなった空間で、姫はまだかろうじて息のある楽師に語りかけた。
「琴の騎士は、今どこにいるのでしょうか?」
「わかりません……」
楽師は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「姫様の呪いと、幽閉されることを聞いて、琴だけ持ち、どこかへ……それ以上は」
「そうですか」
結局、会えずじまいね、と姫は嘆息すると、胸に抱いた短剣を倒れた楽師の傍らに置いた。
「これは、受け取れません。持っていると、刃に刻まれた願いに背いてしまいそうです。ですからここに、置いていきますね」
「ひ、め……貴女はどこに?」
楽師の問いかけに、姫は優しく微笑む。
「西の塔へ」
「……そうして私は、誰もいなくなった国を後にしました」
「ご自分で塔に入ったのですか」
姫は少年の問いにええ、と短く応じた。
姫の話す間、少年はじっと黙って聞いていた。姫は少年の挙動を注意深く見ていたが、彼がこの話を知っていたような素振りはない。
当たり前だ。百年以上も昔の話なのだ。この年若い少年が知っているはずもない。彼はただ"琴の騎士"に似ているだけ。似ているだけなのだ。
姫は自分に言い聞かせながら、目を閉じる。
生き残った門番ですら、もう三代ほど代替わりをしているのだ。
この少年は"琴の騎士"と名乗っているだけの別人。
「姫君、少し、落ち着きましたか?」
何より、この少年は話すことができる。声を持っているのだ。
「ええ」
「では、一曲」
そう割り切って、姫は歌い始めた。あの懐かしく、もの悲しい琴の音色に乗せて。
──D.S.歌姫──
Coda.へ──




