送るもの
しかし、刃が貫く寸前で、姫はあるものを目にした。
鈍色の刃に引っ掻いて書いたのであろう文字が見える
「この剣が人の血に汚れぬことを切に願う」
そうあった。
からん。
姫の手から、短剣が滑り落ちる。刃を失った手は微かに震えていた。
そんな姫に楽師が語る。
「その剣はですね、あの子の亡くなった父親の形見なんですよ。年端もいかぬうちに親の死に目に遭ったあの子が、唯一形見に望んだのが、その剣でした。何故かは知りませんがね。けれど、あの子は他のどんな武器を手にしなくとも、それだけは肌身離さず持ち歩いていましたから、よほど大切なものなのでしょう」
「何故、そのような大切なものを私に……?」
「さあ? 義理の親でもある自分にもわかりません」
ですが、と楽師は姫に告げた。
「あの子は姫様の歌がとても好きなのだ、といつも教えてくれていました。口は聞けないので、話したわけではないのですが。けれど、姫様のことを訊いたときのあの子の応じる琴の音は、とても綺麗ですから」
楽師は落ちた短剣を拾い上げ、鞘に戻し、姫に手渡す。
「貴女に、持っていてほしかったんですよ」
姫は受け取り、胸に抱き──声を上げて泣いた。
泣き声は部屋中によく響いた。きっと、部屋の外にも。それに応じてか、無数の足音が部屋に近づいてくる。
「姫よ、探したぞ」
それは王と兵士たちだった。
「お前に話さねばならぬ」
「呪いのことでございますか? お父さま」
覚えのある流れに姫が切り返す。王は姫が既に知っていたことに驚いたようだ。だがそれも一瞬。王はすぐに真顔に戻り、語り出す。
「わかっているのなら話は早い。ところで、誰に訊いた?」
「お母さまです」
「その妃は?」
「……亡くなりました」
「そうか」
王は瞑目した。しかしそれも一瞬。彼は話を続ける。
「お前のその力を国から遠ざけたい。西の塔は知っているな」
「はい」
王国より西側、海を臨む場所に白い塔がある。王国が海を監視するために作った塔だった。
「お前には、そこに入ってもらう。一度入ったら、この国に戻ってくることはまかりならん」
「お言葉ですが、お父さま、幽閉などせずとも、私を殺してしまえばよろしいのでは? ここには兵もたくさんいます」
姫は母に放ったのと同じ提案を父にも投げてみた。これは一種の賭けだ。姫は静かに父の出方を窺う。
「できるのならとうにやっている」
王は淡々と告げた。殺したくない、殺せない、どちらとも受け取れる。
王は続けた。
「気づいていたか? お前は数年前から全く姿が変わっていない」
「それに何かおかしなところでも?」
人の成長というのは大抵、十代半ばほどで止まるものだと姫は認識していた。実際そのとおりで、身長はその年頃からあまり変わることはない。生活に大きな変化がなければ顔や体型も大きく変わることはないのだ。ましてや、姫は廿を数えた頃だ。十代の頃と変わっていなくとも不思議はない。
訊き返した姫に、王は首を横に振った。
「それでも、髪が全く伸びないというのはおかしいだろう」
「あ……」
言われて気がつく。確かに髪はここ数年、切っていない。肩にかかるくらいの長さから全く変わっていなかったから。
「思うに、お前は"不老"を得たのかもしれぬ。しかし、それだけではない。お前は妃が何年も与え続けてきた毒をものともしなかった。これは"不死"であると見て間違いあるまい」
王は姫が"不老不死"であることを語ったが、当の姫はその結論よりも内容の方に唖然とした。
「お父さまは、お母さまが、私を殺そうとしているのを、知っていたのですね」
「そうだ」
「知っていて、ただ見ていたのですね」
「ああ」
淡々と頷く王。そうですか、と呟いた姫の声は諦めを含んでいた。
「……私はもう、ここで歌うことも許されないのですね」
姫はゆっくりと広間を見回して言う。その瞳は何か、決意を湛えていた。
「では、私の最後のわがままをきいてくださいませ」
「何だ?」
「聴いてくださいませ」
問い返す王に、姫はそう繰り返し──歌った。
夕べに沈む夕日が
今日の空と重なる
明日も同じ色だろうか
声 枯らし啼く烏に
静かに問いかけてみる
明けて昇りし日の向こう
今日の空も青しと
明日も同じ色だろうか
知らずに飛び交う白鷺
答え得るはずもなく




