壊れゆくものに慰みの歌を
場の空気が凍りつく。誰も何も言わなかった。何を言ったらいいのかわからなかったのだ。自分の命に関わることだというのに、姫はいともあっさりと言った。そのことに呆気にとられる。
言葉を向けられた当の本人も、固まっていた。目を見開き、じっと我が子を見つめる。あんぐりと開けられた口から掠れた声が漏れたのは、数十秒が過ぎてからだ。
聞き取れるか取れないかくらいの、微かな呟き。その一瞬ののち、王妃は姫の眼前に迫っていた。周囲が度肝を抜かれるほどの目にも止まらぬ速さで。
さすがに虚を衝かれた姫の表情が驚きに彩られたのも束の間、その秀麗な面差しが苦悶に染まる。
「あああああっ!!」
「……うぐっ……」
王妃があらんかぎりの力で姫の首を絞めていた。
「あああああっ、ああっ、あなたはなんて残酷な子どもなの? 実の親が好き好んで愛娘を手にかけたいと思うわけがないじゃないっ。それを、自分で殺せと言いますか。なんて親不孝な子! わたくしはあなたを殺したくなんてないのに。殺したくなんて、ないのに!!」
「かはっ」
言葉に反して、王妃の手の力は強まっていく。狂ったように「嘆かわしい」と叫びながら姫の首を絞める王妃。ぎりぎりという音がした。姫はとうとう耐えかねて、母の手を払う。
「ごほっ! かはっかはっ……ぐ……」
「あああ、あああ……」
思い切り振りほどかれた王妃はどてっと尻餅をつきながら、咳き込む姫を見上げた。
「なんて、なんて酷い子。母を躊躇なく突き飛ばすなんて。そこまで母のことが嫌い? 殺そうとしたから? 殺してほしいと言ったのはあなたなのに!!」
言っていることが滅茶苦茶だった。
姫は呼吸を整えながら、そんな母を見る。
貴女という人は、本当に、馬鹿ですね。
そう思う姫の瞳には侮蔑の色はなく、ただ悲しげな光が漂っているだけだった。
「姫さま……」
使用人の一人が姫に声をかける。母を見下ろしていた姫はそれに応じてそちらに眼差しを向けた。その顔を見て、使用人たちが息を飲む。
「こんなお母さまは、見ていられません」
姫は笑っていた。
「だから、歌を贈ろうと思います。皆さま、聴いてくださいますか?」
それを断る者はなかった。
あろうはずもなかった。
では、と歌い始めた姫は、泣きそうな顔で笑っていたから。




