裁きの鉄槌は罪よりも重く
問いかけの形で放たれたそれは、答えを求めてはいなかった。
けれど乳母は必死に首を横に振る。絞り出すような声で叫んだ。
「姫さま、やめてくださいまし。歌わないでくださいまし。あた、あたくしはまだ、死にとうございませんっ!!」
姫はそれにただ笑みを返し──
「夕べに沈む夕日が」
歌った。
「今日の空と重なる」
澄んだ鈴のような声音が部屋の中に響く。
「明日も同じ色だろうか」
とさり、と乳母の体が崩れ落ちた。見開かれたままの目にはもう、光はない。
「声 枯らし啼く烏に
静かに問いかけてみる」
姫は乳母の亡骸をそのままに、部屋を後にした。
本当だ。自分の歌は呪われている。人を殺す。こんな恐ろしい力を持った娘を生かす親が、果たしているだろうか──そんな思考から生じた衝動のままに、姫は母を探した。
そうして、使用人たちに怒鳴り散らす王妃を発見したのだ。
「あ、ごめんなさい。お薬を飲み干してしまいました」
姫は証拠とばかりに小瓶を逆さにする。その口からは一滴たりとも出て来ない。
「けれどお母さま。これでお分かりになりましたか? この者たちは嘘など吐いておりません。それを処刑するなんて、あんまりだと思います」
姫の言葉に唖然としていた王妃がはっとした。
どこまでも冷静な姫の様子に顔を赤くし、ぶるぶると震え出す。
「あなたたち」
王妃は地を這うような声で使用人たちに言った。
「姫を殺しなさい」
「王妃さま!?」
実の娘のことを言う台詞ではない。けれど、耳を疑う使用人たちに、王妃は「殺しなさい!」と叫ぶ。
「殺しなさい、殺しなさい! 殺せぬなら、死になさい! 姫が生きている限り皆、命の危険に晒されているのよ? 死にたくはないでしょう? ならば、姫を殺しなさい。殺せ!!」
狂ったように殺せと命じる王妃に、戸惑いや葛藤、何より恐怖を抱き、使用人たちは動けずにいた。王妃の言うことは間違っていない。姫がもしこの場で歌い出したら、自分たちの命が危うい、というのも確かだ。だが、人殺しという罪に手を染める決断をするには、いまいち踏み切れない。しかも相手は自分たちが仕えている者の一人である姫だ。今まで何も知らず、ただ好きだから歌っていた姫。使用人たちはそんな姫を罪人と断じることも、手にかけることもできずにいた。
はっきりしない使用人たちの様子に、王妃の怒りは募っていくばかりだ。
「殺せというのが聞こえないのですか! 早くやっておしまいなさい。それとも、わたくしの命令が聞けないのですか? そのような者は不敬の罪に処しますよ」
「お母さま」
喚き散らす母に、再び姫が声をかける。憤りのままにぎらりと向けられた王妃の眼光に姫がたじろぐことはなかった。姫は現れてからずっと、その場の誰よりも冷静なままだ。
穏やかな橙色の瞳が続ける。
「そうまで言うなら、お母さまが直接手を下せばよろしいのではないでしょうか。この者たちは皆、忠心深い者たちばかりです。お母さまに尽くすのと同じくらい、私のことも思ってくださるのでしょう。そのような方々に、心根に背くようなことをさせるのは心苦しい。……お母さまの手にかかって死ぬのなら、娘として本望です」
真っ直ぐに残酷なことを口にした。




