知って尚罪を重ねる
一刻ほど、時を遡る。
姫の部屋を訪ねる者があった。
「あら、ばあや。どうしました?」
それは幼い頃に姫の面倒を見てくれた乳母だった。乳母は姫の姿を見、びくりと肩を跳ねさせた。見ると顔は青ざめている。
「ひ、姫さま。姫さまにお伝えせねば、せねばならぬことがあり、参りま、ました」
がくがくと震えながら言う乳母。その様子を不思議に思いながらも、姫は先を促す。
「伝えなければならないこと、とは?」
「は、はい……」
乳母の震えが止まらない。姫は眉をひそめた。何をそんなに怯えているのだろう。なかなか言葉を続けない乳母に、もやもやした感情を抱く。
姫が更に促そうとするより先、乳母がようやく口を開いた。
「姫さまの歌は、呪われているのです!!」
「……はい?」
突飛な発言に姫は首を傾げる。それしか反応のしようがない。しかしながら、乳母がしわくちゃの目尻に涙を浮かべているのを見るに、嘘でも冗談でもないのだろう。
「呪われている、とは?」
姫は努めて冷静に問いかけた。呪いとはただ事ではない上に受け入れがたいが、自分がここで現状把握を放棄するわけにもいかない。
意外と冷静な姫の対処に安心したのか、僅かに怯えの色を緩め、乳母が続ける。
「数年前より、数多の国民が謎の死を遂げているのは、姫さまもご存知のことかと思います。その原因が恐ろしいことに……姫さまの歌にあるのです」
言われて、姫にも思い当たる節はあった。国民の不審死が多いのは耳にしていたし、城内の使用人たちの数も前よりかなり減った。自分の歌が原因とは、考えたこともなかったが。
信じがたい話だが、そこで終わりではなかった。乳母は更に言葉を次ぐ。
「それが明らかになってから数年。姫さまにお伝えすることを心苦しく思ったあたくしたちは、王妃さまのご提案から……あなたさまを殺そうと、毒を盛り続けておりました」
申し訳ごさりませぬ、申し訳ごさりませぬ。言いながら乳母はひれ伏す。床に縮こまり、謝罪を繰り返すその姿が、姫にはやけに小さく感じられた。
「お顔を上げてくださいな、ばあや」
姫はこれまでの情報を咀嚼しつつ、冷静に、冷静にと心がけた。
穏やかな声で乳母に告げる。
「幼い頃から手塩にかけて育ててくれたばあやの言うことです。信じましょう。では、確かめるために、私の歌を聴いてくれますか?」




