軋音
それから、王妃の指示どおり、姫の食事には毒が入れられた。何も知らぬまま、姫はいつもどおりに食べる。周囲の使用人たちは重々しい雰囲気で毎日それを見守った。
しかし、数日、数ヶ月……果てには数年の月日が経っても、姫に変化はなかった。いつものように食事をし、夕刻には歌い、夜には眠る。何事もないかのようにまた朝目覚め、同じように過ごす日々。苦しむどころか何の変化も見せない姫の様子に、王妃はとうとう怒りを露にした。
「あなたたち、わたくしの言い付けを無視し、姫の食事に毒を入れなかったわね!」
「そんな、王妃さま。自分たちは」
使用人たちは毎日、姫の食事に毒を入れていた。一日も欠かすことなく。姫が倒れないことを奇妙に思ってはいたが、それでも毒を盛っていることへの後ろめたさは晴れない。それ故の重い空気である。
しかし、王妃は聞く耳持たず。
「今更そんな言い訳が通じると思っているのですか! 一年も二年も効き目が現れぬ毒など聞いたことがない。ご覧なさい。姫は毒を盛り始めてから何年もの間、ずっとぴんぴんしているのですよ? これで何か言い訳できるのですか?」
正論なだけに、反論の余地はなかった。
怒り心頭の王妃はそのまま使用人たちに言い放つ。
「あなたたち、全員処刑よ! 姫のために、これまで何人が死んだと思うの?」
「お、王妃さま……!」
「黙らっしゃい」
「しかし」
「お母さま」
涼やかな声音に、場が水を打ったように静まり返る。特に王妃は顔を凍りつかせ、ぎぎぎっとぎこちない所作で声の主に振り向いた。
部屋の扉を開け、姫が橙色の瞳を揺らし、立っていた。
「お母さま。今の話、本当でございますか?」
瞳は戸惑いに揺れていたが、姫は毅然として問い質す。
「な、何のことです?」
「私のために何人も人が死んでいるということ、お母さまが使用人たちと共謀して、何年も前から私を殺そうとしていたことです」
震える声で訊き返す母に、笑顔で姫は突きつける。王妃のみならず、場にいた全員が唖然とした。
「お母さまが答えてくださらないのなら、貴方。代わりに教えてくださいませんか?」
沈黙に嫌気がさし、姫は近くの使用人に視線を移す。口調こそ丁寧だが、容赦のない鋭い眼差しが貫いた。その真っ直ぐな瞳に耐えかね、その使用人がふるふると頷く。それを見た姫は静かにそうですか、と呟いた。
「どのような毒をお使いに?」
詰られることを覚悟していた使用人は、次いで放たれた姫の問いに虚を衝かれる。姫は促すように小首を傾げた。使用人はそろそろとエプロンのポケットから茶色い小瓶を出してみせる。少量ずつ与えれば徐々に衰弱し、一気に大量に服すれば、ほんの一時で死に至る毒です、と説明した。
奇妙な罪の説明会。被害者であるはずの姫は説明に満足げに頷くと、笑ってその瓶の蓋を開けた。誰が止める間もなく、姫は瓶の中身を飲み干す。使用人たちが一斉にざわめいた。が──
「落ち着いてください。私に変調はありません」
姫は平然と立っていた。
「どうやら私は本当におかしくなってしまったようです」




