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レッドトップ・ゴブリン60年

挿絵

『(ビスキー氏の手記に描かれていた落書き。珍しい意匠の全身甲冑でサー・モルガンのものと思われる。)』


ーーー騎士とは必要に迫られた時にこそ。君もそうは思わないかね?

”無名の騎士”サー・モルガン


◆◇◆


レッドトップ・ゴブリン60年


 昨日寝酒にレッドトップ・ゴブリンの60年物を飲んでいた時、ふと思い出した名前がある。

サー・モルガン、騎士だった。


 サー・モルガンは私が冒険者を引退した後に始めた酒場の常連客だった男だ。

こんな具合の


『(甲冑の落書き)』


珍妙な甲冑を常に着込んでいて、酒場に決まった時間、同じ席に毎回現れるも肝心の酒を一滴も飲まず、がしかしきちんと注文した分の金は置いていくので追い出すわけにもいかない、そんな変な客だったので嫌でも私の目についたのだ。

そんな彼が、飲まないくせに毎度毎度注文していた酒がレッドトップ・ゴブリンだったから私が思い出すに至ったわけである。

 レッドトップ・ゴブリンは、その俗っぽい名前とは裏腹に歴史のある極めて上質なドワーヴンリカーであり、永きに渡り熟成された鉱物酒ならではのどっしりとした味わいと、ひとたび口に含むと様々な熟れた果実を思わせる華やかな宝石香が鼻の奥に香ってくる、大変にフルボディな代物だ。

 レガシーを語ると長いが、さる酒好きな辺境伯とその酒蔵を任されているドワーフのマイヤー親父の作品であるこの酒は、辺境伯の用意した資産をマイヤー親父が湯水のように空になるまで使い切ったことで完成した奇跡のような酒である。

 思えばその辺境伯の名はモルガン。そこでふと思い立ち、私は目の前の騎士に尋ねる。


 「なぁ、騎士様。あなたはサー・モルガンと名乗ったね。

偶然か、その酒の作り主もモルガンというのだ。騎士様は毎回それを頼むが、何か因縁でもあるのかね」


 客に詮索するのは失礼だとは思ってはいたが、好奇心が勝ってしまった。

 聞かれると騎士は何か驚いた様子で幾らか戸惑っていた。そして私の顔と目の前の酒を交互に見やってから、ようやく落ち着きを取り戻した様子であった。


「うん?おぉ、おお!そうか、これは……これはあの酒か!

 思い出したぞ。マイヤーめ、私の私財をまるっきり溶かしおって、なにが宝石が足らぬ買いに行けだ、金銀が足らぬ集めてこいだ。次に遭えば只では置かぬぞ。


 店主よ、礼を言う。私は己をようやく思い出せた。

……この酒が、この酒からなる望郷の念だけが頼りだったのだ。

よく私の素性を見抜いてくれた。貴公の慧眼は褒章に値するぞ。」


 今まで無口だった騎士が唐突に饒舌になったものだから魂消た。

しかしこの人物、もし本物の辺境伯であれば明らかにアンデッドの一種である。なんせレッドトップ・ゴブリン初号が市場に出回ったのはもう何百年も前のことなのだから。

 私が密かに友人の死霊術師を呼ぼうと決意すると、気づけば目の前の騎士の死霊は私に向けて改めて一礼、それも最上位の礼をしていた。


 「改めて名乗ろう。私はサー・モルガン・グレンフェデック。五百年前、北の果てレントを治めていた辺境伯だ。今の私ではたかが知れているが君に褒美を授けたい。


 そうだな、何か私にしてほしいことはないかね。」


 いきなりそんな事をアンデッド辺境伯に言われても、こちらはただの酒場の親父である。

私は辺境伯がちっとも飲まないレッドトップ・ゴブリンをおもむろに啜り、少しだけ考えた。煌く宝石香が私の頭をくすぐり思い立つ。

そういえば南のダルモア関所砦が魔物共に占拠され、物流が止まっていた。しかし何とかしようにもダルモア砦は攻めづらく、この前店に来た冒険者があくせくしながらエールを呷っていたのだ。それに私の贔屓先の酒蔵もダルモアの先に一箇所あった。


 「そうさな……。なぁ、辺境伯様。もし良ければだが、あのダルモア砦を何とかしてくれないかね。

あそこには冒険者組合も悶着してる様子でな。私も酒が卸せんかもしれんのだ。」


「なんだ、そんなことか造作もない。

その願い、このサー・モルガンがしかと承った、任せ給え。


 騎士とは必要に迫られた時にこそ。君もそうは思わないかね?」


 即答であった。きっと本当に武に秀でた騎士様だったのだろう。

 サー・モルガン辺境伯は、最後まで一口もグラスに口を付けずに颯爽と去っていった。


 「ああ、そうだ。良ければ私の酒を一杯分、ボトルに残しておいてくれたまえ。


いつかきっと……きっと、また呑みに来るとも」


 最後にそう言い残したきり、今の今まで彼は私の前に現れてはいない。


 件のダルモア関所砦の魔物共が全滅したのはその翌日のことで、誰が討ち滅ぼしたのかは最後まで判明せず、ただそこには剣が一本刺さっていた。

その剣はあのサー・モルガンの全身甲冑によく似合っているこれまた珍妙な意匠の逸品であった。

 冒険者組合や私の店に来る客も、皆目を白黒させ驚き、しかし喜んでもいた。私も彼らの様子が面白くしばらくは酒の肴として大いに楽しめた。


 サー・モルガンはまた、今日こそは呑みに来てくれるだろうか。

当時のレッドトップ・ゴブリンのボトルは今も埃を被り、店の奥に置いてある。


 私もここで、ずっとこのまま気長に待つつもりだ。

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