戦争 -17-
「アキラならまだしも、お前がこの私に勝てると思うか? 『全魔』ならば、もうわかっているのだろう?」
「『わかっているから』ですよ、レイン。それと、『たかが人間』がこの『全魔』に勝てるとでも?」
「そうか、つまり」その言葉にレインは笑った。「私を『舐めて』いるのだな、『愚民』」
レインの暴風域がグシェナを襲う。しかしグシェナには効果が無い。グシェナは既に『対応』している。こういった魔法であればグシェナはほとんど何の影響も受けないのだ。
しかしそれでもグシェナがレインに勝つとは到底思えないだろう。レインはすべての魔法を無効化する。すべての魔法を消し去るのだ。そんな『規格外』とも言える『何か』を持っている。そんな相手に勝つことは非常に難しい。
そう、『難しい』。
難しいが、『不可能』ではないのだ。
そもそも晶は魔法を使えていた。これは『異世界人』の魔法は『消せない』という仮定を生むがそれもすぐに否定される。晶の魔法。あの『足場』は一度レインに消されている。となれば、また別の要因があると考えられる。『異世界人』以外で晶が他と違ったところ。それは『肉体強化』を使っていたことである。そうすればもう答えは目前。『肉体強化』と『他の魔法』で違うところは何か。そう、『大気中の魔力を使うか否か』である。
グシェナは既にレインの魔法の正体を見抜いていた。『全魔』。それは『全ての魔法を扱える者』という意味。『全ての魔法を司る者』という意味である。彼女はあらゆる魔法を扱える。あらゆる魔法を『知っている』。だから、レインの使っていた『魔法を消す魔法』という『未知』を『知っている』。これは一見矛盾しているように思えるが、いや、実際、普通に考えれば矛盾しているのだが、『グシェナという主観』にとっては矛盾していないのだ。これは主観的世界観に基づく、言ってしまえたば、ただの『方便』だ。言葉遊びに過ぎない。しかしたとえ『主観的世界観に基づく話』であってもこれがどれだけ異常なことかはわかるだろう。主観世界、つまり『グシェナの知る世界』において、グシェナは『全ての魔法を知っている』のである。『知っている範囲であればどのようなことでも知っている』。この異常性をどう表現すれば適切だろうか。そう、例を挙げれば、グシェナは『クレア』を知り、『クレアの魔法』の『存在』を『知った』時点で『クレアの魔法』を『知った』のである。『知った時点』で『知った』のだ。グシェナの主観世界においては、グシェナが『存在も知らないもの』は『存在しないこと』と同じである。しかし、『存在』を『知った』のであれば、それはグシェナの『主観世界』に『存在する』ということだ。そして『主観世界に存在した時点』でグシェナはその『魔法』を『知る』。その『魔法』を『扱える』。ただ、クレアの魔法のようにあまりにも特殊な条件が必要な魔法は、『扱えても扱えない』。『理論上可能だが実質不可能』ということである。
このようにグシェナ、『全魔』が『全ての魔法を扱える』ことには一つの大きな理由があった。何の理屈もなく『存在を知った時点』で『その魔法を知る』なんてことはない。ただ、『それが可能』というだけの話である。
『全魔』となる人間は皆『魔力視』を持つ。『魔力』を『視る』ことができるのだ。これがどれだけのことかはわかるだろう。わからないならば例を挙げよう。まず、『魔法』は『魔力』によって発動する。その『魔力』を『視る』ことができたならば……。それだけの話である。相手の攻撃を事前に察知できる。これだけで『魔力視』は非常に重要な能力といえる。
だが、『全魔』となるにはそれだけでは足りない。ただ『魔力を視る』だけではいけないのだ。それを解析することこそが『全魔』が『全魔』たる所以である。『初めて視る』ものを『その瞬間に解析し理解する』。それだから、『主観世界』において『知らない魔法』は存在しないということになるのである。
しかし今回、グシェナは『一回』で『知った』わけではなかった。この都市に魔動車で突っ込んだ際、グシェナの魔法は消えた。そう、『消えた』のだ。本来であれば、『全魔』たるグシェナはその正体を見抜くことができたはずなのだ。しかしそうはしなかった。それは『できなかった』のである。グシェナはその理由に頭を悩ませていたが、先程、間近で『視る』ことによってやっと理解した。グシェナが一回で見抜けなかった理由。それは非常に単純なことである。『あまりにも早すぎて視えなかった』というだけの話なのだ。集中しなければ『魔力視』を有していても『気付かない』。レインの『それ』が『そういうもの』であったというだけの話である。
魔法を消したレインの魔法。それは魔法と呼ぶべきかすら微妙なものであったのである。これはあまりにも単純なものである。魔法。それは大気中の魔力を自らの魔力で干渉し、その構造を変化、特定の現象を起こすものである。
そして、レインは『それ』を妨害しているに過ぎない。
大気中の魔力、変化させようとしている魔力構造、『それそのものに干渉する』。
魔力を特定の構造にすることで特定の現象を起こす。それが魔法。なら、その『特定の構造』を『壊せばいい』のである。
つまり、レインは相手の『魔法』自体に、その『構造』に『干渉』することで『魔法』そのものを『崩壊』させる。特定の構造でなければ特定の現象を起こすことはできない。その構造を壊すことにより魔法を消す。たったそれだけのことなのである。それだからグシェナの『魔力視』であっても、すぐに見破ることはできなかった。グシェナの『魔力視』は相手の魔力構造を解析するためのもの。しかし、レインの『魔法』は『魔法』ではない。あまりにも単純過ぎて『視る』時間すらないのである。
ただ、それが『簡単』なことかと言えば、それはまったく別の話であるが。
「『舐めて』はいませんよ、レイン。『たかが人間』が『全魔』を相手に一度でも優位に立ったことは称賛に値します」
その言葉とともにグシェナは魔法を発動する。レインはそれを消し去る。魔力と魔力の間に自らの魔力を『介入』させ崩壊させる。レインが魔法を放つ。しかし、それは消える。
「ほう」
レインは笑う。
「さすが『全魔』だ。やはり『使える』のだな」
レインの魔法。『介入』の魔法とも言うべき魔力操作技術。それは実用性という点においてはほとんど使い物にならないようなものであった。そこまで的確に相手の魔力に『介入』できるかという話である。この技術が使用者に要求する精密性は尋常なものではない。例えることすら難しいが、あえて例えるならば、原子レベル大の大きさのものを射出し、それを的確に狙って他の原子に当てる、といったような。大気中に溢れる窒素などの分子を、その中のたった『一つ』を『狙う』ほどの技術。それがこの『介入』の魔法が使用者に要求する技術である。常人では不可能だし、そもそも『人間』には不可能としか思えないほどの技術。さらに言えば、『魔力視』を持たないはずのレインは、その『狙う魔力』がどこにあるかすらわからないはずなのだ。それなのにこの魔法を扱えているのは単純に彼がそれを『読んでいる』だけの話である。大気中の分子の動きを予測するという『異常』。それを達成できるだけの能力がなければならない。『魔力視』を持たない人間がこの魔法を扱うためにはまさしく『悪魔的』とも言える計算と技術が必要不可欠なのである。
グシェナは『魔力視』を持っていたが、それでも要求される技術レベルは尋常なものではない。これを彼女が可能としたのは『全魔』と呼ばれる彼女が『全魔』となるために修行した成果である。『全魔』は『魔力視』という特異な才能を必要不可欠とするものだ。故に、『魔力視』を持って生まれた子供は『全魔』候補ということになる。そして『全魔』は『全ての魔法を扱える』。扱えなければ『ならない』のである。そのために『全魔』候補たちは尋常ではない修行を受け、それを実行するだけの技術を得る。それだから、グシェナも常人では考えられないほどの技術を有していた。ただ、そんなグシェナであってもこの魔法を完全に支配下におけたというわけではない。膨大なまでの魔力を消費してやっとのことでレインの魔法を消したのである。『ハッタリ』だ。『もうそれは見抜いた』。そう言って少しでも相手を慎重にさせるための『ハッタリ』である。
「まあ」
レインは凶悪に笑みを浮かべる。
「単に『使える』のと『使いこなす』のとではまったく別の話だがな」
見抜かれている。グシェナは思い、だがそれを顔に出すことはない。レインが魔法を放つ。それをグシェナは『介入』の魔法で――
「なあ、愚民」
瞬間、レインが言った。
「この私が『何の対策もしていない』と思うか?」
グシェナが『介入』の魔法でレインの魔法、その魔力構造を強引に崩壊させた瞬間、『それ』は『また異なる魔力構造』となり、『また異なる魔法』となった。グシェナは戦慄に身を震わせずにはいられなかった。まさか、こんなことが。魔法が正常に働くためには『特定の魔力構造』にしなければならない。『特定の魔力構造』から『外れてはいけない』のである。それなのに、今、レインは自らの魔法を『介入』されることを前提にした『魔力構造』にした。それで『正常に作動』する『魔力構造』。レインの悪魔的とも言える演算力。予知に匹敵する予測。それに加えて『魔法』に対する恐ろしいほどの理解。それらすべてがなければ実現不可能の技術。『悪魔的』。これはレインにしばしば用いられる形容だが、これくらいの形容でなければレインを表すことはできないのだ。その『人ならざる』としか思えないほどの異常性は『悪魔的』という形容でもなければ表せなかったのである。
レインのその魔法は防御障壁によって防ぐことができた。しかしそれがどうということではないなんて容易にわかることだろう。防御障壁によって防ぐことができた。そんなことはどうでもいいのだ。『介入』の魔法が効かない。それも大きな問題とは言えない。重要な事はただ一つ。レインのその『能力』である。『悪魔的』と形容されるその『能力』こそが重要なのだ。何故なら、これほどまでの技術を有しているということは、『他にも多くのこと』ができるということである。
「私を」
グシェナは言った。冷静を失い言った。
「私を相手に、手加減するなんて」
「手加減? 何を勘違いしている」
しかしレインは平然と言う。
「これは『研究』だよ。『全魔』。お前は非常に興味深い。お前如きを殺すことは容易だ。だが、お前のその『眼』を捨てることはあまりにも惜しい。殺してから抉り取ってもいいのかもしれないが、その『眼』がどう働いているのかはわからないからな。『眼球』が『眼』を『魔力視』を成立させているのかはわからない。なら、実際に使わせればいい。それを観測することで『研究』する。お前と戦える機会は、お前を『殺さず』戦える機会は今くらいしかないだろう。となれば、今はアキラよりもお前の方が優先度は高い。それに、その方がお前にとっても都合が良いだろう? それなのにどうして怒っているのか。まったく、理解し難いな」
「それは」と言いかけるがグシェナはレインの言葉を理解している。そうだ、その通りだ。この状況は自分にとってはむしろ好都合なのだ。それなのに自分は『手加減された』という事実に対して苛立ちを覚えてしまっている。苛立ちを覚えたところで何も変わりはしないのに。どのようなことでも『強者』のみがその決定権を有するのだ。『弱者』には何も決められない。この世界はそういう風にできている。
「ん?」
レインが何かに気付いたようにしてグシェナの背後、クレアと晶の方を見る。
「ほう。あれが『契約』か。お前も視ろ、愚民。これはなかなか見られるものではないぞ」
レインが愉悦に溢れた笑みを浮かべて言った。その言葉にグシェナはレインへの警戒を解かないまま、背後を見た。そこではまさに『契約』――『月の契り』が交わされるところであった。




