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戦争 -4-

 そこは地獄のようだった。


 悲鳴にまみれた炎の世界。人が燃え人が叫び人が死ぬ。そんな世界。


 レイン軍が到着してから数時間も経たずそこは地獄へと姿を変えた。

 万が一のことを考えレインは後ろに控えていた。それだから今回はレインではなくアークリンドが指揮をしていたのである。

 アークリンド隊を見付けてあちらは大変な動揺の内にあるようだった。どうして今まで見付けられなかったのか、ティルアナ隊はどうなったのか、どうしてここに来ることができたのか。そんな疑問からだろう。しかし魔法を使えば難しいことではない。魔法により姿を隠すことはあまり難しいことではない。音なんてものも同じだ。無論、『連盟』もそこまでバカではないので『その対策』程度ならばしていた。『姿を隠す』あるいは『音を消す』だけでは抜けられないような魔法を展開していたのだ。しかし、レイン軍には『レイン』が居る。その時点で『どのような魔法も意味はなさない』。結果、このような事態となったのである。『レイン軍本隊』の存在をここまで接近するまで気付けなかったという事態に。


 そして、混乱している彼らに対して、アークリンドのとった行動は冷徹とも言えるものだった。


「放て」


 アークリンドは言った。すると非常に多量の何らかの液体が放たれた。敵は何が飛んできたのかと驚き戸惑いながらも対処しようとした。魔法を放つ者も居た。


『火』を放つ者も居た。


 結果。


 アークリンドの命令によって放たれた『油』が引火し街の外壁は火の海と化した。それを見てアークリンドは次の命令をした。


「突入する」


 軍が動き突入する。こちらに向かってくる敵兵は居ない。死んではいないだろうが、戦闘できる状態ではないのだ。『戦闘できる肉体』の者は居ても『戦闘できる状態』の者は居ない。燃え盛る仲間を見てそれを放っておくことのできる者がどれだけ居るか。助けず見捨てることを選択できる人間がどれだけ居るか。本当の兵士であってもそれは同じだ。兵士は人を殺す機械ではなく上の命令に従う機械ではない。そんなことが出来るまでに訓練を積んでいる人間がどれだけ居るか。そしてそれがわかっているからこそ、アークリンドは『殺さなかった』。あえて『殺さない』ことこそが相手により大きなダメージを与えられることを知っているのだ。あえて殺さず苦しめる。これほどの火炎によって大火傷を負った仲間、肉体の一部が炭化してしまった仲間。そんな彼らの治療、それにかかるコスト、それを見た者たちの士気の低下。アークリンドはそういったことを冷徹に計算して実行できる人間だった。


「消火せよ」


 街の中に入るとアークリンドはそう言った。街の中、つまり一般市民が居る場所。無論、彼らはきちんと避難しているだろうが、万が一ということもある。アークリンドは、というよりレイン軍は、一般市民にまで危害を及ぼそうとは思っていなかった。国とはすなわち『人』である。一般市民は貴重な『資源』なのだ。今から得ようとしているそれを無駄に傷付けることなどしない。

 無論、敵兵も『資源』と言えば『資源』である。

 しかし彼らを『どうする』ことが最適かは明白だ。

 こと『戦争』においては。


「全軍、前方の拠点を狙え」


 アークリンドは言う。レイン軍が準備をする。


「放て」


 また『油』が放たれる。あちらはまだ先程何が起こったかはわかっていない。それどころか、先程の『火の海』がこの『油』でしかない液体によって成されたものだと思っている。故に、彼らは対処する。どうにかしてそれを避けようと対処する。『火』を放つ。


 引火する。


 ――かくして、地獄は完成した。


 悲鳴を上げる敵兵、燃える敵兵、何かを叫びながら治療に当たる敵兵。


 彼らすべてを無視して、アークリンドたちは前進する。こちらに向かってくる敵兵が居る。状況判断能力を失ってしまっているのだろう。もう『勝負は決まった』のだ。それなのにあがき敵に一矢報いんとする彼は哀れで愚かだ。そういった者が居ることは容易に予測できる。よって対処する。殺しはしない。戦闘不能にするだけだ。無論優しさからではない。『そうする方がいい』と判断しただけだ。ひょっとすると生き残った彼は帝国への復讐心から非常な努力を重ね帝国の大敵となるのかもしれない。しかしその可能性は非常に低い。期待値の問題である。どうすれば帝国が、と言うより『レイン軍』が最大の利益を得られるか。それを選択しているだけなのだ。


「レイン様はここに」


 アークリンドが跪き言った。この都市の拠点奪いしばしの休息をとっているところだった。拠点の司令室だと思われる場所にレインたちは居た。レインは立派な椅子に座りいくつかの術式を展開し空中に浮かんだ文字、視覚化された術式を触っていた。そんなレインに対してアークリンドは言ったのだ。『ここで待機しろ』と。これは本来であれば当然のことである。司令官が前線に出るなんて地球であれば考えられない。だがここは地球ではない。『個』が『軍』に匹敵し得る世界だ。そしてレインはその『軍』に匹敵し得る『個』である。そんなレインが後方で待機していることが果たして最良か否か。アークリンドの答えは前者だった。たとえレインが『個』にして『軍』に匹敵する存在であったとしても、万が一ということはあり得る。帝国にとってレインは絶対に失ってはいけない資産であるが、レイン軍の、少なくともアークリンドにとってのレインは何よりも優先して守るべき対象であった。何よりも重要視される存在。それがレインだ。そんな存在だからこそ、失ってしまう可能性は出来る限り下げておかなくてはならない。だからこそアークリンドはレインに『待機』を願ったのである。


 それに対するレインの言葉は端的だった。


「お前はどうする?」


 アークリンドもまた端的に答える。


「『王国』をあなたに」

「良かろう」


 レインは笑った。


「命令は一つだ。勝て」

「御意」


 アークリンドは言った。



      *



 前線司令、ダーリア。

 彼は第二防衛拠点が落とされたという報告とティルアナ隊がこちらに向かってきているという報告を聞いて嘆息した。


「ああ、レインよ。なぜこちらに向かってこない。あなたと遊ぶための準備はいつでもできているというのに」


 ダーリアは嘆いた。ティルアナと遊んでもいいのだが、あれは面白くなさ過ぎる。あそこまで単純では『策』を弄する意味もない。


「撤退する」


 よってダーリアは言った。戦争とは人類最大の娯楽だ。そして楽しめない娯楽に価値はない。ならばわざわざここに留まっておく意味もない。『勝てないと判断し被害を最小限にするためやむなく撤退した』とでも言っておけばいいだろう。これが自国の利益に直接関係する行為であれば別だが、今回はそこまでの価値を見出だせない。『勝つ』ことだけならば不可能ではないだろうが、ティルアナのような『何も面白くない敵』と戦うのであれば『絶対的勝利』が確信できる状況でしか戦える気にはなれない。一応それを探ってはいるのだが、今回も見付からなかった。なら仕方ない。撤退するのみだ。


 そうしてダーリア隊は撤退した。



      *



 ドアが開いた。そこに現れた姿を見てクレアは言った。


「アキラ、それに、グシェナ。今までどこに」

「『魔界』に」晶は言った。その言葉に魔王は微笑みそれ以外の者たちは疑問を浮かべる。

「グシェナ」魔王が言った。「良かったのか?」

「私は『母』と言われたんです」グシェナは微笑む。「殺し文句でしょう?」

 その言葉に魔王は目を丸くして、伏せ、そして微笑み、言う。「そうだな」

 グシェナは笑った。「はい、そうです」

「何を話しているのかわからないんですがー」魔族の少女、スウが口を開いた。「結局、いつ行くんですかー?」

「準備はできてる」赤髪の少女、プリミヤが言った。「いつでもいいぞ」

「私もです」褐色の少女、ボーニャが言った。「私はマスターと婚約者に付いて行きます」

「そうか。なら」


 晶はクレアを見た。彼女は晶の真剣な目を見て驚いたような顔をしたが、すぐにすべてを理解し、晶の目を見返して、うなずいた。


「なら、行こう」


 晶は言った。


「美女のため、クレアさんのために。ちょっと戦争を終わらせに」


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