運命の邂逅 -1-
クレアは元王女の奴隷商人であった。元、というのは現在、彼女の国が存在しないからであった。存在しない理由は単純であり財政難により国が崩壊し『連盟』に『買われた』からである。
そんなクレアが奴隷商人をやっている理由もまた単純であり自分の国を取り戻すためである。『連盟』の代表者が言っていたのだ。『金さえ出せば国を返そう』と。その金は尋常ではないほどの額であった。当然である。国家一つ分の金なのだ。並大抵のことでは稼ぐことができるはずもない。
そうしてクレアは奴隷商人となった。むろん奴隷を売っているだけでは何もならない。奴隷商人であるのは彼女が他の奴隷商人にはない絶対的なアドバンテージを持っているからであり、実際のところ、彼女が目的としているのは『奴隷を買うような人間』とのコネクション。『奴隷を買えるほどの大金持ち』と親しくなることであった。親しくなって、それから大きな商売をする。クレアはそうして国を取り戻すための金を稼いでいたのである。
クレアは元王女でありその頃からのコネクションがないこともない。しかし『崩壊した国の王女』でしかないこともまた事実であり、そのような人間と関係を続けていこうとする者は非常に少ない。ただ、非常に少なくも存在することは事実であり、そういった人間の手を借りることもある。それに関しては感謝してもしきれない。
そしてその最たるもの、クレアが最も世話になっている人間……いや、人間ではなく『魔族』ではあるが、クレアが最も世話になっていることは確かである。
その『魔族』。それは魔王であった。
魔王とクレアは深い関係にあった。クレアの祖先であるクレアの国の初代女王は魔王と大変仲が良かったらしく、その関係が現代においても続いていたのである。魔王と深い関係にあることは非常に有利に働く。魔王を恐れている者は多く、それは国家さえも含む。つまり、クレアは魔王と他の国家の仲介ができたのである。魔王のおかげで、クレアは国家を相手に商売することができた。それは一商人を相手にするのとはまさに桁違いの規模の利益を得ることができた。と言っても、あまりに金額を吹っ掛けると国を取り戻した際に外交的問題が発生する可能性があったので、ほどほどのものにしておいたが。
そんなこともあったのでクレアは魔王の願いにはなかなか断れなかった。ある日、クレアは魔王に頼み事を言われた。
その内容は次のようなものだった。
「異世界……正確には異世界ではないが、まあ、お前たちには異世界と言った方がわかりやすいだろう。近々、そこからこの世界に人間が現れる。と言うより、我が呼び出す。その中の一人、『長野晶』の世話をお前に任せたい」
むろん、到底信じられることではなかった。異世界の話なんてクレアは今まで一度も聞いたことがなかったのだ。しかし、魔王が嘘を吐くとも思えない。クレアは尋ねた。どうして異世界から人間を呼ぶのかと。
「帝国だ。あれのせいで現在この惑星は急激な変化を遂げようとしている。だが我が手を出すわけにはいかない。だから人間に任せることにした。異世界の人間に。その者が何を選ぶのかはわからない。帝国を放っておくかもしれないし、おかないかもしれない。だが、どちらを選んでも良い。我はその者にこの世界の行く末を託すことにした。クレア、お前にその者を任せる。その者をどうするかはお前の自由だ。世界の行く末が託された者をお前に託す。そういう『契約』だからな」
帝国とはこの世界において侵略戦争を繰り返す大国家のことである。圧倒的なまでの戦力を有し手段を問わず領土を広げている。その中にはクレアの国も含まれている。運良くクレアの国は帝国の手から逃れることはできたが崩壊したのは帝国のせいだ。帝国の一部にされそうなところを他の国に売ることで切り抜けることができた。クレアは帝国に憎悪を抱いていた。強い、強い、憎悪を。自分からすべてを奪った仇に対する憎悪を。
「私に任せることが何を意味しているのかわかっているの?」
「わかっている。だが、『あれ』にその理屈は通じない」
「どういう意味?」
「会えばわかる」
魔王はそう言って笑っていた。
今、その意味がわかった。
「……魔王。こういう奴だってわかっているなら、最初から言いなさいよ」
クレアは溜息を吐いた。
彼女の前には崩壊する邸宅を背に少女を抱いてこちらに歩いてくる一人の青年がいた。